M&Aストーリー
M&Aを実施する目的や背景は多岐にわたって存在するため、
ひとつとして同じ案件や事例は存在しません。
医療業界・病院のM&Aについて詳しく解説します。
医療法人の種類を説明しつつM&Aにおけるスキームについて紹介し、買収側と売却側のメリットをピックアップして解説します。医療法人の売却相場やM&Aにかかる費用にも言及しています。
今回は、M&Aのプロセスについては検討・準備~マッチング・交渉~最終契約までカテゴリーごとに順を追って解説します。その際に注意する点や成功するためのポイントにも触れています。
目次
かつては病院や診療所などの医療機関といえば地域社会の象徴的存在であり、その経営は当然のごとく医師や地元名士に承継されるものでした。
ところが最近は医療機関のM&Aが増加しており、病院経営をビジネスとしてドライに考える傾向が強くなっています。
「医は仁術」の伝統を守りながら、ビジネスライクに医療機関を成長させていくにあたりM&Aが大きな可能性を秘めているといえるでしょう。
医療業界・病院のM&Aには独特な特徴があります。多くの病院がその形態をとる「医療法人」は一般的な法人(事業会社)と違い株式を発行していません。
すなわちM&Aの際に株式交換や株式移転など組織再編の手段がありません。ですから多くの場合、医療業界・病院のM&Aにおいては合併、出資持分譲渡、事業譲渡などの方法が選択されます。
そして医療施設が個人事業か医療法人かによっても手法は違い、医療法人の場合は出資持分があるかないかによって手続きは異なります。これらが医療業界・病院M&Aの典型的な特徴です。
医療業界・病院の市場規模は46.0 兆円(厚生労働省資料/2022年度概算医療費)とされています。
日本は65歳以上の高齢者が人口の21%を超過した超高齢社会です。そして人口の5.3%を占める「団塊世代」がこれから75歳を迎えます。
そうなると後期高齢者(75歳以上)にかかる一人当たりの医療費は75歳未満の約4倍になるといわれています。すなわち医療費の増加に拍車がかかると予想されています。
医療費が増加する一方で厚生労働省は国民健康保険制度を維持するために医療費を抑制させる施策を打ち出しています。
診療報酬の改定や薬価基準の引き下げなど、医療業界・病院にとって厳しい局面を迎えています。
入院18.1兆円(構成割合39.4%)、入院外16.2兆円(35.3%)、歯科3.2兆円(7.0%)、調剤7.9兆円(17.1%)
入院2.9%、入院外6.3%、歯科2.6%、調剤1.7%
現在、医療業界・病院・医院が直面しているもっとも大きなトレンドが日本における急速な高齢化です。
少子高齢社会では社会保障費の負担増や医療制度改革がすすめられ、診療報酬の切り下げがすすめられています。
いうまでもなく診療報酬は医療機関の収益の柱ですが、国の方針により切り下げられることで、病院、診療所、医院、クリニックの経営努力だけではいかんともしがたい状況になります。
また気になる動向としては医療現場の慢性的な人材不足があり、医師ばかりでなく看護師も含めた有資格者の確保が求められています。
特に看護師については「7対1看護配置」の方針により「患者7人に看護師1名を配置する」ことで適切な診療報酬を確保することができると設定されています。
逆に看護師1名に対しての患者数が増えていくほど診療報酬の算定が低くなってしまうため、看護師の採用は病院・診療所・医院・クリニックなどの収益性を考えるうえで非常に重要なファクターになっています。
医療業界・病院・診療所・医院・クリニックなどは、日本の人口、年齢構成、政策等を考えあわせても残念ながら市場規模が大きく好転することは期待できそうにありません。
医療機関は生き残りをかけて経営判断をすすめることが求められています。経営者の高齢化などもあいまって地域医療や事業継続のためのM&Aが増加してきています。
なかでもクリニックを個人で開業できる若手医師を対象とした比較的小規模なクリニックのM&Aが注目されています。
医療法人とは、医療法の規定に基づいて、医師や歯科医師が常時勤務する病院、診療所、介護老人保健施設、介護医療院の開設を目的に設立された法人のことをいいます。
大きく分類すると医療法人には財団と社団があります。
社団法人には「持分なし社団法人」と「持分あり社団法人」があります。さらに「持分あり社団法人」は「出資額限度法人」とそれ以外にわかれます。
また公益性の高い医療法人として「社会医療法人」と「特定医療法人」があります。こちらは「財団形態」と「社団形態」がありますが、いずれも持分の定めのない医療法人です。慣れないと複雑に感じますが必要な場合は司法書士に聞くとよいでしょう。
医療法人の事業承継は株式会社や合同会社と異なる点が多く、特に持分の定めのある医療法人は法律面や税制面で知っておくべき点が少なくありません。要点を図にまとめたのでご覧ください。
企業統治以外の面で、株式会社と異なる点は以下のとおりです。
一般の株式会社と比較して医療法人の事業承継は難しいといわれます。
その理由を3つの観点から解説します。
以上のように医療法人には特有の事業承継の難しさがあります。こうした難関については医療法や行政の手続きを熟知した専門家のサポートを受けるのがベストです。医療業界・病院のM&Aには万全の準備で取り組みたいものです。
医療法人の定義は「病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所または介護老人保健施設を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される社団または財団」です。(医療法第39条第1項)
法律のなかにもあるように医療法人は基本的な区分として、財団である医療法人(以下財団医療法人)と社団である医療法人(以下社団医療法人)があります。
個人、団体、法人などが無償で寄付した現金、不動産、医療機器等の財産で設立される医療法人のことです。
現在の社団医療法人は出資持分という概念がなくなり「出資持分のない医療法人」という存在になりました(平成19年/第五次医療法改正)。それと区別するため以前の社団医療法人を「出資持分のある医療法人」と呼びます。
「出資持分のある医療法人」と「出資持分のない医療法人」ではM&Aのスキームに影響があるため、その違いを理解しておきましょう。
「出資持分のある医療法人」というのは出資者の財産権が認められた医療法人のことです。持分があるということは、その該当分の払戻請求が可能ということです。
もしもの話ですが、その医療法人の設立時に1,000万円出資していて、これまでの病院運営で医療法人の時価が10倍の1億円になっていた場合、1億円の払戻請求が可能です。
ただし手放しで喜べません。払戻の余力があるのは出資者にとって安心感がありますが、このお金は相続財産として課税対象になります。何らかの節税対策も必要になるでしょう。
ちなみに平成19年4月1日以降は制度改正によって「出資持分のある医療法人」は新しく設立できなくなりました。
さて「出資持分のない医療法人」は平成19年4月1日以後に設立された財産権のない医療法人のことです。残った財産は国や地方公共団体などに帰属します。「出資持分のない医療法人」の1つに「基金拠出型医療法人」があります。
この法人では、仮に医療法人の設立時に1,000万円出資し、これまでの病院運営で医療法人の時価が10倍の1億円になっていたとしても、受け取れる財産は出資した1,000万円のみ(退任の場合は退職金などの支払いが可能)になります。
厚生労働省の資料によると令和4年の時点で「出資持分のある医療法人」は37,490件、「出資持分のない医療法人」は19,284件、社団医療法人のうち約66%が「出資持分のある医療法人」です。
社会医療法人、特定医療法人、特別医療法人に該当せず、平成19年3月31日以前に設立された医療法人はおおむね「出資持分のある医療法人」です。逆にそれ以降に設立された医療法人は「出資持分のない医療法人」ということになります。
「出資持分のある医療法人」では財産である出資持分を譲渡することで医療法人の譲渡ができます。この場合、出資持分は株式会社に例えると株式のようなものになります。
「出資持分のない医療法人」の1つである「基金拠出型医療法人」の場合は出資持分のかわりに基金を譲渡します。他の医療法人と同じように役員変更、社員変更の手続きを踏み、理事長や社員の立場を譲ります。
医療法人のM&Aでは出資持分に関係なく合併というスキームを用いることもできます。合併の1形態である「吸収合併」では合併後に一方の医療法人が残り、もう一方の医療法人は消えることになります。消える側の医療法人にある財産、権利、義務などは残る側の医療法人に引き継がれます。
平成27年医療法改正により医療法人の分割が可能になりました。分割においては特定の事業だけを譲渡し、他の医療法人に引き継ぐことができます。また分割で残した事業を続けることもできます。
①事業規模を拡大できる
医療法人を買収することで得られる最大のメリットは病院や医院が継続できることです。多くの医療機関は経営者や医師の高齢化、スタッフの不足などで疲弊しています。買収によって事業承継が実現し、毎日の医療業務が円滑にこなせるようになれば、事業規模の拡大も期待できます。
②地域で存在感を醸成
医療機関の買収にあわせてブランディングを図れば、地域で信頼感や好感度が向上します。
③人材確保に寄与する
買収したことで職場が元気になり、さらなる人材確保に寄与します。
④開業の効率化が図れる
医療法人や病院の新設には国や自治体のいろいろな規制がありますが、買収であれば許認可を得るプロセスを省略できるなど効率的に進められます。
⑤資産が増加する
土地や医療機器などの資産が増えることで決算等の評価が高まります。
①病院が継続できる
事業承継で病院の経営を継続させることができ、地域社会に貢献できます。
②医療業務に集中できる
医療法人の理事は経営だけでなく医療にも従事していて多忙です。買収で経営業務が分離すれば医師たちは治療に専念できるようになります。
③売却利益を活用できる
持分ありの医療法人がM&Aで持分を売却すると売却利益を受け取ることができます。
④雇用が維持できる
買収により資金繰りが好転して人件費にも余裕ができます。
⑤連帯保証を解消できる
売り手の経営者は債権者の同意があればこれまで個人的に抱えていた連帯保証を解消することができます。
医療業界・病院のM&Aにおける売却相場について簡単にご紹介しましょう。
ここでは医療法人が持つ事業の全部または一部を譲渡するケースを想定しています。私たちが気軽に受診する小規模なクリニックの譲渡価格相場は1,000~4,000万円程度です。そこで1年分の営業利益に今後も使える建物や医療機器の簿価または時価をプラスした金額が目安となります。
クリニックの譲渡価格は立地や診療科目よりも、どれだけ利益を出しているのか、建物や医療機器がどれだけ高額かによって変わります。医療法人化された病院、診療所、医院、クリニックの場合、直近の営業利益の3~5年分が営業権の相場の目安になります。
なおクリニックを事業承継する場合は承継元に生活費を提供しなくてはなりません。その金額はクリニックの収益や承継元の希望によって千差万別です。
また売却に仲介業者が介在した場合は手数料がかかります。
(クリニック承継費用の例)
クリニック承継における手数料=承継対価の10%
このような譲渡対価連動型の手数料を提示する仲介業者が多いようです。ということで300万円~400万円が仲介手数料として消えていきます。
個人クリニックを事業譲渡した場合は「譲渡価格と取得費(※1)及び譲渡費用の差額」が利益となり、その譲渡益は給与所得や事業所得と合算して税額を算定する「総合課税」になります。税率は課税される所得金額によって違いますが5%~45%の所得税と10%の住民税が課税されます。
※1取得費とは購入代金、建築代金、購入手数料の改良費などが含まれます。また、それらに所有期間中の減価償却費相当額を差し引いた金額をいいます。
病院のM&Aにはおおむね次のような費用がかかります。
①法人または事業の譲渡についての対価(譲渡対価)
譲渡対価とは譲渡側(買収される側)に譲受側(買収する側)が支払う対価です。その金額は有形資産(建物、内装、医療機器などの時価)と無形資産(いわゆるのれん代など)を評価して算出されます。
②M&A仲介業者の仲介手数料
③不動産関連費用
M&Aの成功後に賃貸物件で開業する場合と不動産を買収する場合があります。
賃貸物件の場合は、医院を個人で開設するか医療法人で開設するかによって不動産関連費用は変わります。
個人の場合は不動産所有者と賃貸借契約を結ぶ必要があります。その際に不動産仲介手数料、敷金、礼金等を支払います。
医療法人の場合は賃借権や敷金などの権利義務がそのまま引き継がれるため費用はかかりません。ただし賃貸借契約で法人代表者の変更について規定のある場合があるので、その際は注意しましょう。
④登記費用
医療法人を継承すると理事長変更登記、役員変更届、保険医療機関届出事項変更届などの手続きが必要となります。専門家に代行を依頼すると、登記(おおむね5万円以上)、行政届出資料(おおむね15万円以上)の費用が見込まれます。
このほか医療法人継承時に発生する任意の費用として次のようなものがあります。
他にも医療機器、ホームページ、パンフレット、看板などの更新も必要に応じて行うので随時費用が発生します。あらかじめリストアップしてどのくらいの費用が必要になるか試算しておくことをおすすめします。
医療業界・病院のM&Aは一般的に次のような流れで進められます。
①検討・準備段階
・専門家の導入
まずM&A仲介業者などの専門家に相談しながら念入りに情報収集します。M&A仲介業者は無料相談会やセミナーなどを開催しているので積極的に参加してみることをおすすめします。信頼できるM&A仲介業者が見つかったら関係を深めていきます。
・情報収集活動
M&Aに関する情報を集めます。スキームの検討や譲渡対価の見積など具体的な情報を収集しながら優先順位を意識して活動します。
・仲介業者およびアドバイザー選定
自分たちの医療機関にはM&Aが必要だという結論に達したらM&A仲介業者を選定してアドバイザリー契約を交わします。M&Aには高度な専門性が求められるので専門家のサポートは欠かせません。
相手を探すというだけでなく、必要な法務や税務の面でも安心して任せられる体制を構築しましょう。M&A仲介業者以外にも弁護士、税理士、司法書士、行政書士、金融機関などの協力が必要になります。
②マッチング・交渉段階
・「ノンネームシート」の提示
ノンネームシートは売手の医療機関が特定されない範囲で買手側に情報を提供する資料です。地域、規模、経営状態などの基本的な情報が掲載されていますが、あくまでも名称等が特定されない(ノンネーム)ことを厳守します。
・買手への資料公開準備
買手がノンネームシートを見て興味を持った場合は、売手である医療法人のより詳細な情報を提供します。それが「医療施設概要書」です。これは売手の医療施設の特徴、財務状況、譲渡の取引条件などをまとめた資料です。
・売手と買手の意思決定者面談(トップミーティング)
書類や資料を検討した買手が正式にM&Aを進めたいと希望した場合はトップミーティングを実施します。この時点では買手候補が数社に絞られています。トップミーティングは双方の経営理念、譲渡後の運営方針を確認するなど、お互いの理解を深めることを目的とします。
・基本合意契約
トップミーティングで相互理解が深まりM&Aを進める医療法人が決定したら「基本合意契約」を締結します。この契約のなかには譲渡価格、支払方法、今後の日程、その他の条件などが定められています。
基本合意契約には法的拘束力を持たせないことが多いのですが、内容が最終契約に反映されることが多いため、できるかぎり正確に記載するようにします。
・行政調整
医療業界・病院のM&Aに独特な手続きとして「行政調整」といわれるものがあります。これは医療施設の開業や廃業、経営者の交代などについて行政と調整するものです。基本合意をもとに監督官庁の許認可を取るための交渉ですが、M&Aアドバイザーがサポートしてくれます。
・デューデリジェンス
デューデリジェンスは略して「DD」または「デューデリ」と呼ばれます。これは「買収監査」というもので売手となる医療法人・病院についてさまざまな視点(法務、税務、現状等)で監査をおこない、情報や資料が正しいか、譲渡価格は妥当か、何らかの問題点がないかを確認する手続きです。
③最終契約段階
・最終契約締結
M&Aについて最終的な合意内容を明記するのが「最終契約」です。最終契約はM&Aのスキームによって名称が変わり、出資持分の譲渡は「出資持分譲渡契約」、事業譲渡であれば「事業譲渡契約」と称します。
いずれも主な内容は、譲渡価格、表明保証、補償条項などです。表明保証とはある時点で契約の記載事項が真実かつ正確であることを保証するもので、主に売手が表明します。
・経営権移転手続き
「経営権移転手続き」は「クロージング」とも呼ばれるもので、最終契約に基づき、実際に経営権を移転させる手続きです。
売手が買手から対価の支払いなどを受け、同時に契約のスキーム通りに前経営者が社員・理事を退任し、経営者が交代します。この「経営権移転手続き」が終了すればM&Aも完結ということになります。
医療業界・病院のM&Aを実施するに際しては以下のような点に注意が必要です。
病院、診療所、医院、クリニックのM&Aや事業承継には以下のようなポイントに留意が必要です。
『買手の選定』
M&Aの「目的」や「絶対に譲れない条件」について明確にしておくことは大切です。売手と買手の双方に深謀遠慮があると思いますが、あまりに厳しい条件闘争は回避した方がよいでしょう。
ハードルを高くすれば交渉が白紙になる可能性もあります。あれもこれもと自分たちに有利な条件をつけるよりは妥当な線はどのあたりか考えるべきでしょう。
理想の相手が出てくるのを待つのはかまいませんが、歳月だけが過ぎてしまうのは避けるべきではないでしょうか。
『スタッフの雇用』
最近はいろいろな業界で人手不足が問題になっています。病院などの医療施設も同様です。特に医師、看護師などは資格が必要ですから簡単に集めることができません。
M&Aをきっかけに優秀なスタッフが退職するような事態は回避すべきです。また従業員には給与や勤労環境が変わらないことをていねいに説明して理解を得ておくことが大切です。
『病院、診療所、医院、クリニックの開業手続き』
一般の会社や店舗が開店するのに比べると、病院、診療所、医院、クリニックの開業には多岐にわたる手続きがあります。
医療法に基づくものや国の監督官庁、自治体などに開業手続きをしなくてはなりません。M&A仲介業者のサポートを受けながら着実にこなしていきましょう。
『医療業界・病院のM&A 事業承継の専門家への相談』
病院など医療機関のM&Aを成功させようと思うなら、医療業界・病院のM&Aに実績を持つ仲介業者を選ぶことが重要です。
これまでに手がけたM&Aについて質疑応答するなどして、その業者が医療業界に精通しているかどうか判断しましょう。また医療法や行政手続きの知識があるかどうかもチェックするようにします。
M&Aを実施する目的や背景は多岐にわたって存在するため、
ひとつとして同じ案件や事例は存在しません。
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