島国である日本にとって、豊かな海産物は国の強みであり、食生活を支える大切な資源でもあります。
海産物を社会に提供する役割を担う水産業は、日本に欠かせない産業です。
しかし、昨今の水産業にはさまざまな課題が存在し、廃業の危機に直面している会社も多いでしょう。
日本の水産業を守るうえでは、課題やその解決策について理解を深めることが重要です。
本記事では、水産業が抱える課題や期待される取り組み、解決策について詳しくお伝えします。
目次
現状の水産業が抱える課題
まずは、現状の水産業が抱える課題について把握しておきましょう。
ここでは政府のデータを交えながら、水産業における4つの課題を紹介します。
漁獲量減少への対策
水産業の大きな課題となっているのは、漁獲量減少への対策です。
水産庁の「数字で理解する水産業」によると、日本の漁業における生産量は1980年代ごろから減少しています。1984年のピーク時は1282万トンだったのが、2018年には442万トンです。
(引用:水産庁|数字で理解する水産業)
生産量が半分以下にまで落ち込んでいる原因は、漁場環境の悪化や魚介類の乱獲などが考えられます。その多くは、漁獲量にも直結しているでしょう。水産業にとって漁獲量の減少は、売り上げの減少につながる由々しき問題です。
そのため「持続可能な漁業」の実現に向けた、水産資源の保全活動が求められています。
魚介類の国内需要回復
落ち込んだ魚介類の国内需要を回復させることも水産業の課題です。
水産庁の同調査によると、日本国内の魚介類消費量は2000年ごろから減少が続いています。2001年度には1人あたり年間約40kgの魚介類を消費していたのが、2018年度には約24kgと、約6割にまで低下しました。
日本人の魚介類消費が落ち込んでいる原因は、食の多様化による部分が大きいでしょう。昨今では、野生鳥獣肉を使った「ジビエ料理」の人気が高まっています。他方では、「ヴィーガン(完全菜食主義者)」といった野菜指向の人も多く存在します。さまざまな選択肢へと広がったことで、魚介類を選ぶ機会が失われつつある状況です。
「漁獲量が減少しているのであれば、国内需要が落ち込むのは好都合では」と考える人もいるでしょう。しかし、グローバルな視点で見ると、世界的に魚介類の需要はむしろ高まっています。このまま国内需要が落ち込めば、海外への輸出が優先される傾向が強くなり、日本の食文化から魚介類が失われる可能性もあるでしょう。
また、海外需要は世界情勢の影響を受けることも多いため、過度な依存には懸念もあります。水産業が安定した売り上げを確保するうえでは、国内需要を大切にしていく必要があるでしょう。
人手不足の解消
水産業では人手不足も深刻化しており、いかにして解消するかが課題です。
水産庁の「水産業の就業者をめぐる動向」によると、漁業就業者数は2000年ごろから減少を続けています。2003年には約24万人いた漁業就業者が、2020年には13.6万人にまで減少している状況です。
(引用:水産庁|水産業の就業者をめぐる動向)
人手不足の原因としては、日本全体で労働人口が減少していることが大きいでしょう。たとえ水産資源を増やせたとしても、労働力が不足していては生産量の向上にはつながりません。待遇改善やイメージアップなど、就業者を増やすための対策が求められます。
後継者の確保
水産業では、後継者の確保も大きな課題です。
後継者を確保できなければ廃業を余儀なくされてしまうばかりか、それに伴い多額の廃業コストが発生するでしょう。
内閣府の「我が国水産業の現状と課題」によると、漁業就業者の平均年齢は2016年時点で56.7歳と高くなっています。多くの水産業経営者は、この平均年齢よりもさらに高齢でしょう。このまま経営者の高齢化が進めば、後継者探しがより重要となります。
(引用:内閣府|我が国水産業の現状と課題)
しかし、昨今ではキャリアが多様化し、子息が後を継がないケースも多くあります。また、水産業には家族で営む業者も多いため、経営を委ねられる適任者を探すことは難しいでしょう。日本の水産業を守るためにも、後継者の確保による廃業の回避は重要な課題です。
水産業の課題対策として行われている主な取り組み
このように、水産業の課題は多く存在します。
水産業の課題を受けて、政府はさまざまな取り組みを行っています。
水産業の課題対策として政府が行っている主な取り組みは、次の3つです。
新しい資源管理の推進
漁獲量の減少を防ぐためには、水産資源の管理が重要です。
政府は水産資源管理の適正化を図るべく、新しい資源管理を推進しています。2020年には「資源管理ロードマップ」として、具体的な資源管理の推進計画を公表しました。
例えば、TAC(漁獲可能量)の管理対象となる魚種の拡大を図っています。これによって、魚介類ごとの漁獲量上限がより厳格に管理され、過剰な漁獲の防止につながるでしょう。新しい資源管理の推進によって、漁獲量の管理・適正化が期待されます。
密漁や不正な漁業の取り締まり強化
外国漁船による日本沿岸での密漁は、漁獲量や国際競争力に悪影響を及ぼしかねません。
そのため、政府は密漁や不正な漁業の取り締まりを強化しています。
また、IUU漁業(違法・無報告・無規制な漁業)による水産物の国内流入を防ぐために、規制を強化しています。2022年に施行された「水産物流通適正化法」では、IUU漁業のリスクが高い魚種の輸入において、外国政府機関の証明書が義務付けられました。こうした取り組みによって国内水産物が保護され、値崩れ防止につながるでしょう。
漁場環境の保全活動
水産資源を守るうえでは、漁場環境の保全も重要です。
政府は、水産資源の生育にとって重要な藻場や干潟の保全に向けた活動も推進しています。
例えば、稚魚をある程度の大きさまで人工的に育成してから放流する「種苗放流」が全国的に盛んに行われています。これによって、小さな稚魚が過剰に捕食されることを抑制でき、水産資源の増加につながるでしょう。
また、海洋ごみの誤食による水産資源の減少を防ぐために、科学的調査や各地での回収を推進しています。これらは漁場環境の改善、ひいては水産資源の増加にもつながる重要な取り組みです。
水産業者が課題を乗り越えるための解決策
このように、環境面の課題や国際的な課題に対しては、政府の積極的な取り組みによる改善が期待されます。
一方で、人手不足解消や後継者確保といった内的な課題に対しては、それぞれの水産業者が取り組むことが大切です。
ここでは、水産業者が課題を乗り越えるための解決策を2つ紹介します。
DXの推進
水産業者の人手不足を解消するうえでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が重要です。
DXとは、デジタル技術の活用を通じてビジネスの変革を図る取り組みを指します。DXを推進することで、水産業者の生産性向上につながるでしょう。
例えば「陸上養殖システム」を導入することで、養殖魚をカメラで監視したり、センサーから自動取得したデータを管理したりできます。このようなデジタル技術によって既存人材の負担が軽減できれば、人手不足を緩和することが可能です。
政府も「スマート水産業」を推進しているため、今後は水産業者においてDXが浸透していくと予測できます。
M&Aの実施
人手不足や後継者問題の解消を図るべく、「M&A」を実施する水産業者も増えています。
M&Aは、合併(Merger)と買収(Acquisition)を合わせた言葉で、複数企業の統合を軸とした経営戦略のことです。
M&Aによって適切な相手企業と統合すれば、両社が単独でいるよりも成果が高まる「シナジー効果」が期待できます。
M&Aには後述するように多くのメリットがあるため、水産業においても有力な解決策となるでしょう。
水産業の課題解決にあたってM&Aを実施するメリット
前述したM&Aは水産業だけでなく、さまざまな業種で課題の解決策として注目されています。
水産業の課題解決にあたってM&Aを実施する主なメリットは、次の3つです。
後継者を幅広く探せる
家族で営むことが多い水産業者にとっては、経営を担える候補者の少なさが難点といえるでしょう。
その点M&Aでは、親族や従業員に限らず社外のさまざまな人材のなかから後継者を探せます。選択肢が大幅に広がることで、後継者確保のハードルが下がるでしょう。
また、債務の個人保証を抱えている経営者も多くいます。廃業する場合、経営者が会社の債務を支払うことになるのは大きなリスクです。交渉次第で債務の個人保証を解消できる可能性があるのも、M&Aのメリットといえます。
人手不足の解消につながる
日本の労働人口自体が減少するなかで、人材雇用を強化することは容易ではありません。
しかし、M&Aであれば、自社と相手企業の人材を統合し、新たな組織体制の構築が可能です。人的な余力のある企業とM&Aを実施すれば、人手不足の解消につながるでしょう。
M&Aにより人材を確保する場合、一般的な採用活動に伴うコストを削減できるのが大きなメリットです。
事業の拡大・多角化を図れる
M&Aは事業の拡大・多角化といった戦略の実現に向けても有効です。
同じ水産業者と統合すれば、取引先や漁場の統合により事業の拡大を図れます。他業種の会社と統合すれば、自社にはない事業をそのまま取り込むことで、迅速な多角化が可能です。
一般的に事業の拡大や多角化にあたっては、設備導入や人材確保などに多くの手間・コストが発生します。M&Aであれば相手企業の経営資源を取り込めるため、手間やコストを抑えられるでしょう。事業戦略を早期に実現することで、業績アップが期待できます。
M&Aを成功させるためのポイント
M&Aは水産業の課題解決に向けて有力な戦略ですが、ポイントを押さえなければ成功にはつながりません。
水産業者がM&Aを成功させるためのポイントは、主に次の3つです。
M&Aの目的・戦略を明確にする
M&Aの目的・戦略を初期に明確化することが大切です。
M&Aには事業拡大や人手不足解消など多くの目的があり、それによって戦略も変わってきます。
目的が不明確だと正しい戦略を選べないうえに、その後の方向性もぶれてしまうでしょう。
そのため、M&Aの目的を明確にし、それに合った戦略を決めることで、以降の相手企業探しや交渉が円滑に進みます。
自社の価値を把握・向上する
自社の価値を把握・向上しておきましょう。
M&Aの契約条件は、買い手・売り手の交渉によって決まります。自社の価値が低ければ、買い手企業に低い取引金額を提示されるでしょう。また、自社の価値を正しく把握していないと、提示金額の根拠を示せません。
好条件でM&Aを実施するには、自社の価値を正しく把握し、少しでも向上させることが大切です。価値の把握では、財務状況だけでなく、自社だけの強みや弱みなども明確にしましょう。
また、債務があれば整理したり、認証の取得によりブランド力を高めたりすることも有効です。
不安があれば専門家のサポートを受ける
M&Aの経験がない水産業者が、適切にプロセスを進めることは容易ではありません。
M&Aには計画や相手企業探し、交渉、契約手続きなど、多くのプロセスがあります。税務や法務といった知識も要求されるため、M&Aの成功には専門家のサポートが不可欠です。
M&Aの経験や実績の豊富な専門家であれば、幅広いプロセスにおいて適切なアドバイスを提供します。M&Aに不安があれば、専門家のサポートを受けましょう。
まとめ
日本の食生活を支える水産業には、漁獲量減少への対策や魚介類の国内需要回復など、さまざまな課題があります。
新しい資源管理の推進や漁場環境の保全活動といった取り組みを政府も行っていますが、すべての課題を解決できるわけではありません。
人手不足解消や後継者確保といった課題を解決するうえでは、各水産業者が取り組んでいく必要があります。特に、他社と経営資源を統合できるM&Aにはメリットが多く、水産業の課題解決に向けて有力な選択肢です。
ただし、前述の通り、M&Aの経験がないなかで成功させることは難しいでしょう。
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