日本企業において、経営者の高齢化が深刻となっています。
ビジネスを存続するうえでは、次の世代へ経営のバトンをつなぐ「事業承継」が必要です。そして、日本の「食」を支える農業においても、事業承継の重要性は高まっています。
しかし、現実には後継者問題に頭を抱える農業法人や、個人農家が多いのではないでしょうか。事業承継を実現するには、基本に関して理解を深めることが大切です。
本記事では、農業法人/個人農家の事業承継について、わかりやすくお伝えします。
また、事業承継を実現するためのポイントや成功事例も紹介するため、農家で後継者不足に悩んでいる人は参考にしてください。
目次
農業における事業承継の重要性
昨今の農業を取り巻く経営環境には、さまざまな不安要素があります。
先述した通り、農業法人や個人農家がビジネスを存続するには、事業承継が必要です。
まずは、農業における事業承継の重要性について解説します。
高齢化による廃業の回避には事業承継が不可欠
日本では、高齢化が社会問題となっていますが、農業も例外ではありません。
農林水産省の調査によると、農業従事者の平均年齢は平成30年時点で66.6歳と、かなり高水準です。令和以降も徐々に平均年齢が上がり、令和4年時点では68.4歳まで上昇しています。
(引用元:農林水産省|農業労働力に関する統計)
また同データによると、仕事として農業に携わる「基幹的農業従事者」の減少も深刻です。
平成27年時点では175.7万人いましたが、令和5年時点では実に60万人近くも減少しています。これだけ農業に携わる人材が減少すれば、後継者や従業員を確保することも容易ではないでしょう。
バトンを渡す人材が見つからなければ、農業法人や個人農家は廃業を余儀なくされてしまいます。日本の農業を守る意味でも、事業承継により農業のバトンをつなぐことが重要といえるでしょう。
インボイス制度により廃業を迫られる個人事業者が多い
高齢化や人材不足の問題に加えて、2023年10月施行の「インボイス制度」も、個人事業主にとっては懸念されています。
インボイス制度とは、消費税額や適用税率を記載した「適格請求書(インボイス)」を、売り手が買い手へ提供する制度のことです。
従来までは、年収1,000万円以下の個人事業者に対して、消費税の支払いが免除されていました。しかし、インボイス制度の登録事業者となった場合、売り手の個人事業者が消費税を支払わなければなりません。つまり、消費税10%分の売上げが減少してしまうでしょう。農業には個人事業者が多いため、インボイス制度による影響が強く懸念されています。
インボイス制度への登録は義務ではありません。しかし、登録しなければ、買い手側が受けられる仕入税額控除の割合が減ってしまいます。そのため、コスト増大による買い手離れを防ぐことを目的に、多くの農業従事者が登録を余儀なくされているのが現実です。
また、インボイス制度では適格請求書の作成や管理など、事務コストの増大も懸念されます。このような懸念点が理由で、インボイス制度が開始された後に、廃業を選択する人が増える可能性があるでしょう。
しかし、事業承継によって資金力のある農業法人に事業承継すれば、廃業を回避できます。個人農家が廃業を防ぐためにも、事業承継は有力な選択肢といえるでしょう。
農業の事業承継で引き継ぐ主な経営資源
農業における事業承継の重要性を理解したうえで、基本事項について把握しましょう。
農業にはさまざまな経営資源がありますが、事業承継で引き継がれるものは大まかに次の3つです。
ヒト(経営者・従業員)
事業承継によって、農業に携わる経営者や従業員、つまり「ヒト」が引き継がれます。
現経営者が後継者へ経営権を承継すれば、農業に関する経営判断をすべて委ねることになるでしょう。
農業の事業承継は経営の引き継ぎという側面が強く、「経営承継」と呼ばれるケースもあります。
モノ・カネ(有形資産)
形のある資産、つまり「モノ」や「カネ」も事業承継によって引き継がれます。
例えば、農地や農業機械、株式、資金といったものです。
具体的な引き継ぎ方法は、後述する事業承継の方法によって異なります。場合によっては、各資産を個別の手続きにより移転しなければなりません。有形資産には、基本的に法的な権利が存在するため、コンプライアンスを遵守して適切に引き継ぐことが大切です。
知的資産(無形資産)
形のない資産、つまり「知的資産」も事業承継によって引き継がれます。
例えば、業務のノウハウや特許技術、許認可、ブランド力、取引先との関係といったものです。
知的資産の内容によって、具体的な引き継ぎ方法が異なります。例えば、引き継ぐ対象がノウハウであれば、マニュアルや後継者への教育が必要でしょう。一方で、特許技術や許認可などの引き継ぎには、法的な手続きも必要となります。
農業における事業承継の種類
農業の事業承継には3種類あり、それぞれ誰を後継者とするかで適切な承継方法が異なります。
以下では、各種類の特徴やメリット、デメリットについて解説します。
親族内承継
「親族内承継」は、子供や孫といった親族を後継者とする事業承継です。
農業における事業承継では、大半のケースがこの親族内承継となっています。ただし、昨今ではキャリアの多様化により、子供や孫が引き継ぐことを拒否するケースもあります。
親族内承継は、現経営者と後継者の距離が近い分、資産の承継や後継者育成がしやすいことがメリットです。一方で、適任でない親族を後継者にしてしまうと、経営が低迷するリスクがあります。また、資産の承継において親族間でのトラブルも発生しやすいでしょう。
従業員承継(親族外承継)
「従業員承継(親族外承継)」は、現経営者が雇用している従業員を後継者とする事業承継です。
親族ほどではないものの比較的距離が近く、従業員への承継も有力な選択肢の1つといえます。
多数の従業員を抱える農業法人の場合、多くの候補者のなかから適任者を探せることがメリットです。また、元から業務への理解がある分、後継者育成の負担も少なく済むでしょう。
ただし、農業従事者は減少しているため、承継先の選択肢が限られています。適任でない従業員を無理に後継者にすると、経営が傾くリスクがあるため、慎重に選択する必要があるでしょう。
また、事業承継の方法によっては多額の資金が必要となり、承継が難航するケースもあります。
第三者承継(M&A)
「第三者承継」は、親族でも従業員でもない、社外の第三者を後継者とする事業承継です。
一般的に第三者承継は、合併(Merger)や買収(Acquisition)により、企業を統合する「M&A」のスキーム(手法)によって実施します。
M&Aによる第三者承継は、社外の候補者から幅広く後継者を探せることがメリットです。また、相手企業のノウハウや人材を活かして、成長につなげられる可能性もあります。なお、相手は農業関係である必要はなく、昨今では他業種とのM&Aも珍しくありません。
ただしM&Aを実施する場合、相手探しや交渉、契約手続きなど多くのプロセスを実施することになります。多くの労力を要するだけでなく、専門知識がなければ適切に進めるのは難しいでしょう。そのため、M&Aでは専門家のサポートを依頼することが一般的です。
農業の事業承継で増えているM&Aのケース
昨今では、幅広く後継者を探せるM&Aを実施する農業法人/個人農家が増えています。
農業の事業承継で増えているM&Aのケースは、主に次の2つです。
農業法人同士の統合
人手不足の課題を抱える農業法人の場合、大手農業法人の傘下に入ることで人材確保が容易となります。
また、農業法人同士のM&Aであれば、農業に用いる2つの経営資源を統合することで、コスト削減が期待できるでしょう。
また、M&Aに関係する農地法は繰り返し改正されており、手続きの簡素化や要件の緩和などが行われてきました。そのため、農業への参入ハードルが下がっており、農業法人だけでなく別業界とのM&Aも増えています。
個人の事業買収・事業売却
後継者問題を抱える個人農家の場合、個人の買い手に事業を売却することで廃業を回避できます。
大規模な農業法人と比べて少額で買収できる分、買い手も手軽に農業へ参入可能です。
ただし、承継先(買い手)が農業未経験者の場合、それなりの育成期間が必要です。十分な引き継ぎを行わずに事業承継してしまうと、経営が悪化するリスクもあります。個人農家でもM&Aを実施しやすくなっているものの、成功するには適切なプロセスに沿って進めることが大切です。
農業の事業承継で代表的なM&Aスキーム(手法)
M&Aには、さまざまなスキーム(手法)があります。
農業の事業承継において、代表的なM&Aスキームは次の3つです。
事業譲渡
「事業譲渡」は、売り手の事業の一部または全部を買い手へ承継するM&Aスキームです。
有望な事業に経営資源を集中させるために、不採算事業を承継して経営のスリム化を図るケースがよくあります。複数の事業を保有する法人の場合、自社だけで農業の継続が困難であれば、事業譲渡が有力となるでしょう。
なお、事業譲渡であれば、株式を持たない個人農家でも実施できます。
株式譲渡
「株式譲渡」は、売り手の株式を買い手に譲渡することで経営権を承継するM&Aスキームです。
前提として、自社株を保有している必要があります。株式を持つ農業法人が、後継者問題を解決する目的で採用するケースが一般的です。
株式譲渡であれば、M&Aの手続きの大部分は株式の移転だけで済みます。個別に資産の移転手続きを行う必要がないため、手続きの負担を減らせるでしょう。
会社分割
「会社分割」は、売り手の事業の一部または全部を切り離し、包括的に買い手へ承継するM&Aスキームです。
承継先が新設会社の場合を「新設分割」、既存会社の場合を「吸収分割」と呼びます。会社分割には、柔軟な事業承継が行えるメリットがあります。例えば、農業事業の一部だけを切り離して新設企業として独立させて、自社の従業員へ承継することも可能です。
なお、事業譲渡のような個別の移転手続きが必要ありません。
農業の事業承継を成功させるためのポイント
農業において事業承継は重要ですが、ポイントを押さえて実施しなければ大きな成功につなげるのは難しいでしょう。
以下では、農業の事業承継を成功させるためのポイントについて解説します。
補助金や税制優遇を有効活用する
M&Aスキームにより事業承継する場合、多くの費用や税金が発生する場合があります。
例えば、高価な資産を承継する際に、後継者は多額の贈与税や相続税を支払わなければなりません。こうしたケースを回避するためにも、補助金や税制優遇を有効活用するとよいでしょう。
「経営継承・発展等支援事業」の補助金に申請することで、最大100万円まで支給される可能性があります。また「事業承継税制」を活用すれば、贈与税や相続税の猶予を受けることが可能です。こうした制度を活用できないか、検討してはいかがでしょうか。
お困りの際は、補助金申請サポート等を行っている下記サイトをご参考下さい。
関連サイト:秋田県秋田市の秋田税理士事務所、秋田県会社設立0円サポート
個人事業者の場合は法人化も検討する
個人事業者が事業承継する場合、法人化の検討をおすすめします。
法人化により各資産を会社の所有物にできれば、権利移転といった手続きが容易になるでしょう。
また、給与所得控除のような税制優遇を受けられるメリットもあります。
ただし、法人化にもそれなりの手続きが必要です。法人化すべきか検討する際には、専門家のアドバイスを聞きつつ、得られるメリットが大きい方を選択しましょう。
マッチングサイトを活用する
農業法人や個人農家が、個人で後継者を探したい場合は、M&Aのマッチングサイトを活用するのも1つの方法です。
マッチングサイトであれば、M&Aの買い手・売り手がWeb上で手軽につながれます。
ただし、農業専門のマッチングサイトは多くありません。また、専門的なサポートが受けられないことも多いため、M&Aの経験がないとトラブルが発生しやすい点に注意が必要です。
M&Aに不安があれば専門家のサポートを受ける
事業承継において、M&Aは特に有力な選択肢ですが、多くのプロセスを適切に進めなければなりません。専門知識や経験がなければ、M&Aを成功させることは難しいでしょう。
M&Aの経験がない場合には、専門家のサポートを受けることが確実です。
M&Aの豊富な経験を持つ専門家であれば、相手探しや交渉、契約手続きなどの適切なアドバイスを提供してくれます。未経験の農業法人や個人農家がM&Aを成功させるのであれば、専門家の力を借りることが確実です。
農業における事業承継・M&Aの成功事例
事業承継やM&Aの成功イメージが湧かない農業法人や個人農家の人も多いでしょう。ここでは、農業における事業承継・M&Aの成功事例2つを紹介します。
農業A社による B社への事業承継(株式譲渡)
農作物の生産や販売を手掛けるA社は、後継者が見つからず頭を抱えていました。そこでA社は、オール電化システムや太陽光発電システムの販売・施工を行うB社と、「株式譲渡」によりM&Aを実施しています。
B社は、A社の経営資源を取り込むことで、農業への進出を実現しました。またA社は、廃業を回避しただけでなく、B社の傘下に入ることで、さらなる成長を図っています。
農業C社によるD社への事業承継(事業譲渡)
小規模な農業に加えて不動産事業も手掛けるC社も、後継者問題を抱えていました。子供に後を継ぐ意志がないうえに、経営者の高齢化もあり、廃業を検討していました。そこでC社は、近隣の大手農家D社と「事業譲渡」によりM&Aを実施しました。
C社は、農業をD社の経営者に承継したことで、不動産事業だけに専念できるようになりました。また、D社はC社の農地や仕入ルートなどを取り込むことで、生産の安定化を実現しています。
まとめ
農業では、高齢化による後継者問題が深刻化しており、事業承継の重要性が高まっています。
事業承継には、親族内承継・従業員承継・第三者承継(M&A)の3種類がありますが、幅広い候補者から後継者を探せるM&Aが特に有力な選択肢です。
農業法人同士の統合や、個人の事業買収・事業売却など、農業でもM&Aを実施するケースが増えています。ただし、M&Aには専門知識が欠かせず、経験がない経営者がプロセスを適切に進めることは容易ではありません。
M&Aにより事業承継を図る場合は、経験の豊富な専門家に依頼することが確実です。
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