ITは成長が著しい産業のひとつであり、IT業界全体を見ると市場規模は順調に拡大しています。
しかし、それだけに競争が激しい世界でもあり、技術革新やニーズの変化によって淘汰される企業も少なくありません。
厳しい環境の中で今後も企業が生き残っていくためには、どのような戦略・対策が求められるのでしょうか。今後の展望も交えて詳しく解説します。
目次
IT業界の現状
あらゆる業種の中でIT業界は成長産業のひとつに数えられており、市場規模は順調に拡大しています。
矢野経済研究所が公表している「国内企業のIT投資に関する調査」の結果によると、2018年度は12兆円超の市場規模であったものが2022年度には初の14兆円を突破し、毎年過去最高の売上高を更新し続けています。
2020年度のコロナ禍では企業の設備投資が抑制されたことから一時的に成長は鈍化しましたが、このような例外を除けば右肩上がりのトレンドが続いていることは明らかです。
IT業界の市場規模が拡大している背景
他業種と比較してもIT業界の成長は著しいものですが、なぜこれほどまでに市場規模は拡大し続けているのでしょうか。考えられる背景としては以下の要因が挙げられます。
DXを推進する企業の増加
特に大きな要因として考えられるのは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組む企業が増えたことが挙げられます。
少子高齢化が進む日本では、あらゆる業種で人手不足が深刻化しています。この問題を解決するために、DXによって業務プロセスの効率化・生産性の向上や、ビジネスモデルそのものの変革も求められています。
DXを実現するためにはIT技術の活用が不可欠であることから、IT業界の市場規模拡大につながっています。
クラウドサービスの普及
企業がシステムを導入したりWebサイトを開設する場合、従来は自前のサーバーやネットワーク機器を調達し一から構築する必要があり、導入コストや保守・メンテナンスにかかる手間が大きなハードルとなっていました。
クラウドサービスではこれらの問題を解決できるほか、テレワーク環境の構築にも有効なツールとなることから普及が進み、IT業界の市場規模を拡大する大きな要因となっています。
AIやIoTなど先進技術の導入
IoTデバイスの普及によってさまざまなデータが収集しやすくなったほか、スマート家電やスマートロックといった新たなソリューションも開発されています。
また、収集したデータはビッグデータとして蓄積され、AIによって高度なデータ分析も可能になりました。
これらの先進技術は、これまで人の経験や勘に頼っていたマーケティング活動や営業戦略、在庫管理などにも役立てられ、業務の効率化やムダの削減に貢献します。
5Gなど通信技術の進化
携帯電話に使用されるモバイルネットワークは、これまで10年程度のスパンで進化してきました。
2020年からは5世代目にあたる5Gの商用化がスタートし、都市部を中心に徐々にエリアが拡大しています。
従来の4Gに比べて高速化・低遅延・多接続という特徴をもつ5Gは、単なる携帯電話用の通信インフラという枠だけでなく、在宅医療やスマート農業の普及、土木工事現場における作業用重機の遠隔操縦といった用途にも活用が検討されています。
IT業界の今後の展望とトレンド
IT産業は今後どのように発展していくのでしょうか。
日本国内のIT業界に焦点を当ててみると、ある専門家の予測では2027年までに年平均7%程度の成長が見込まれています。
これほどまでに高い成長率が期待されるのはなぜか、IT業界を取り巻くトレンドとあわせてご紹介しましょう。
生成AIの進化
「ChatGPT」の登場以降、生成AIは一般のユーザーだけでなく企業にも普及しビジネス用途としての活用が進んでいます。
複数のコンテンツ生成に対応したマルチモーダルな生成AIも続々と登場しており、文章や画像、動画、音声の生成が誰でも簡単に可能になりました。
生成AIを活用することで、さまざまなビジネス文書やメール文面の作成、広告制作、パッケージデザインの制作などを効率化できるようになるため、今後さらに普及が進みIT業界の成長を牽引していくと考えられます。
量子コンピューティングの台頭
量子コンピュータとは、量子力学の特性を活かしたコンピュータです。
従来のコンピュータでは不可能であった複雑な計算を可能にし、さまざまな分野で革命を起こす可能性があるといわれています。
たとえば、通常のコンピュータでは時間を要する分子シミュレーションも量子コンピュータであれば瞬時に計算できるため、新薬の開発がさらに加速する可能性もあります。
国内外で量子コンピュータの研究は進められており、2020年代後半から本格的な商用化がスタートすると期待されています。
エッジAIの普及
ネットワークに接続するデバイスの数が増えると、トラフィック(ネットワークを流れるデータ量)が増大し遅延が生じやすくなります。
また、データのやり取りが増えるということはセキュリティリスクも高まり、情報漏えいにつながる可能性も増大します。
特に自動運転技術や遠隔診療の実現にあたっては、通信の遅延やセキュリティリスクの増大は深刻な課題といえます。
そこで、これらの課題を解決するために、サーバやクラウド側でデータを処理するのではなく、端末側(エッジ)で処理を行うエッジAIという技術が注目されています。
IoTと5Gの普及に伴い、エッジAIのニーズは急速に高まっていくと考えられます。
デジタルツインとスマートシティの進化
デジタルツインとは、物理的な対象や環境をデジタル上で再現する技術です。
この技術を応用すれば、たとえば橋やトンネルといった構造物の保守計画をコンピュータ上でシミュレーションし最適化できたり、都市部の交通シミュレーションやエネルギー管理に役立てたりといった使い方もできます。
デジタルツインは地域が抱えるさまざまな課題解決のヒントにもなり、スマートシティの実現に貢献する技術として注目されています。
Web3.0とDAOの拡大
Web3.0とは、ブロックチェーン技術を基盤とした次世代の分散型インターネットを指します。
中央管理者を介することなくユーザー同士が直接やり取りできることが特徴で、このような分散型の組織形態はDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)ともよばれます。
Web3.0とDAOが拡大していくと、個人のクリエイターが活躍する機会がますます広がっていくほか、NFT市場のさらなる拡大も期待されています。
サイバーセキュリティの強化
デジタル化の進展に伴い、サイバーセキュリティの重要性はますます高まっています。
たとえば、社内ネットワークの外側だけでなく内側からのリスクも考慮した「ゼロトラストセキュリティ」の重要性や、分散型システムによってサイバー攻撃の影響を最小化するといった対策も必要になるでしょう。
また、年々巧妙化するサイバー攻撃に備え、AIを活用した脅威の検知や予測も重要になってきます。
メタバースの発展
オンラインの空間上で仮想的な世界を構築するメタバースという技術は、エンターテインメント分野はもちろんのことビジネスや教育、医療などさまざまな分野への活用が検討されています。
たとえば、テレワーク環境下でも効率的な業務を支援するバーチャルオフィスや、AR・VR技術を応用した没入感の高いオンライン授業などもメタバースによって実現できます。
今後のIT業界で生き残るためには
変化の激しいIT業界において、企業が今後も生き残っていくためにはどのような戦略が必要なのでしょうか。
継続的なスキルアップの支援
テクノロジーは加速度的に進化しており、これまで身につけたスキルや経験が通用しなくなることも考えられます。
また、あらゆる業種でDXが推進されている昨今では、企業のDXを支援するためにさまざまな分野のビジネスに対する理解も求められます。
そのため、従業員が最新のテクノロジーや異分野に応用できるスキルを習得できるよう、企業としてスキルアップを支援する取り組みが求められます。
論理的思考力を高める支援
企業が解決したい課題や問題は多岐にわたるため、それらを解決するために原因を分析し、効率的な解決策を見つけるための論理的思考力も求められます。
たとえば、データ分析や統計学をもとにしたアプローチでは精度の高い判断が可能となるほか、実際のプロジェクトや問題解決の成功事例を分析することも論理的思考力を鍛える手段となるでしょう。
コミュニケーション能力向上に向けた支援
プロジェクトマネジメントや顧客対応において、円滑なコミュニケーションは欠かせない要素です。
特に、ITに関する専門性を持ち合わせていないクライアントに対しては、技術的な内容を分かりやすく伝えることで信頼を得やすくなります。
また、クライアントがどのようなことを課題に感じているのか、丁寧にヒアリングし本音を引き出すことも重要です。
企業としては、従業員のコミュニケーション能力を向上させるための研修やセミナー、e-ラーニングなどを通してスキルアップを支援することも検討してみましょう。
専門分野への特化
一口にIT業界といってもさまざまなジャンルがあり、企業によっても得意分野は異なります。
生成AIやサイバーセキュリティ、デジタルツインなど、今後需要が高まる領域での専門性を深めることにより、競争優位性を確立できる可能性が高まります。
最新トレンドの把握
目まぐるしいスピードで変化するIT業界で生き残っていくためには、最新の業界動向やトレンドをつねに把握しておくことも重要です。
ニュースサイトはもちろんのこと、SNSや業界誌などを通じて最新の動向をチェックしておきましょう。
また、業界同士の横のつながりを構築することも重要であり、たとえばハッカソンやセミナーなどに参加し他のエンジニアと積極的に交流する方法も有効です。
M&Aの検討
IT業界で生き残っていくために、新たな事業や市場に参入し経営規模を拡大したいと考えていても、自社がもっている技術やノウハウ、人材だけでは難しいことも多いでしょう。
このようなリソース不足を補うためには、M&Aも有効な選択肢といえます。
買収や経営統合によってその企業が持つ技術やノウハウ、専門人材を引き継ぐことができ、企業としての競争力強化につながります。
関連記事:堅調なIT業界にも課題山積?具体的な対策とM&A事例を紹介
IT業界でM&Aを行う目的・メリット
M&Aと聞くとネガティブなイメージを持たれる経営者も少なくありません。
しかし、M&Aは単なる会社の売却ではなく、企業の成長を促進するための戦略的な手段としても活用されています。
M&AがIT業界においてどのような目的で行われ、どのようなメリットがあるのかを詳しく解説しましょう。
人材不足の解消
IT業界では高度な専門知識を持つエンジニアの不足が深刻化していますが、M&Aはこの問題をスピーディーに解決する有効な手段となり得ます。
通常、一から人材を採用・育成するとなると多くの時間とコストを要しますが、M&Aでは買収先の企業に在籍しているエンジニアや専門家を取り込むことができるため、採用コストを抑えながらスピーディーな事業展開が可能です。
新技術の獲得
AIや量子コンピューティング、ブロックチェーンなどはIT業界の中でも新しいテクノロジーであり、これらの専門性を有した企業の買収は競争力強化につながります。
また、専門的なノウハウを習得することで技術基盤の強化にもつながり、ゼロから研究開発を行うよりもスピーディーな事業展開が可能です。
事業領域の拡大
M&Aは新事業への進出をしやすくしたり、収益基盤の安定化を図れるメリットもあります。
一から新事業へ着手するとなると多くの準備が必要ですが、すでに実績のある企業を買収することで即座に市場へ参入できるようになります。
経営基盤の強化
M&Aでは買収先企業が保有している資産が取得できるほか、売り手企業にとっても会社が統合することで経営基盤の安定化につながります。
また、M&Aを機に新たな事業や新市場への進出を果たすことができれば、収益の柱が増え財務的にも安定した状態を維持できるでしょう。
海外市場への進出
グローバル化が進む昨今、M&Aは海外市場へ効率的に参入する手段としても活用されています。
たとえば、海外企業を買収することで現地のネットワークやインフラを活用しスピーディーな事業展開を実現できるほか、海外市場における自社の存在感を高めることもできます。
関連記事:M&Aとは?基本的な意味や流れ、メリットなどを事例付きで解説
IT業界におけるM&Aの成功事例
IT業界ではさまざま企業によってM&Aが活発に行われています。その中でも、参考にしておきたい成功事例を5つご紹介しましょう。
LINE
チャットアプリでおなじみのLINEは、動画広告配信プラットフォームを運営するファイブをM&Aによって取得しました。
LINEではもともと「LINE Ads Platform」という広告配信プラットフォームを有していましたが、動画広告が急速に増加する昨今、ファイブが持つ技術力やノウハウが有効に活用できると判断しM&Aに至りました。
マネックス
大手証券会社のひとつであるマネックスは、今後の事業拡大を見据えブロックチェーンや暗号資産に注目しており、これらのノウハウをもつコインチェックをM&Aによって子会社化しました。
コインチェックは過去に不正アクセスによって暗号資産「NEM」が外部に流出する被害を受けており、金融庁からの業務改善命令に従いガバナンスの強化を図る必要がありました。
マネックスは自社にないブロックチェーンのノウハウを獲得でき、両者のシナジーによって新たなビジネスモデルが期待されています。
ジラフ
個人で開発したサービスがM&Aによって企業へ譲渡された事例もあります。
SNS上で特定の相手に対し匿名での質問を投げかけられる「Peing」は、もともと個人が開発したWebサービスであり、当時のTwitter(現X)で瞬く間に利用者が拡大していきました。
リリースからわずか1ヶ月後にはフリマアプリを提供するジラフへ事業譲渡に至っています。
マイクロソフト
世界的でもっとも有名なIT企業、マイクロソフトも多くのM&Aによって事業を拡大させています。
直近の大型M&A案件として注目を集めたのが、プログラマやSEを中心に利用されているソースコード共有プラットフォーム「GitHub」の買収です。
GitHubにとっては大手の傘下に入ったことで潤沢な資金による設備投資が可能になり、強みであったオープンなプラットフォームも維持され、さらなる利用者の拡大につながりました。
日本電気(NEC)
NECブランドでおなじみの日本電気は、日本を代表する大手IT企業のひとつですが、今後深刻化するセキュリティリスクを見据えArcon Informatica S.A.を買収しました。
Arcon Informatica S.A.はブラジルの企業であり、セキュリティ対策を中心にさまざまIT事業を手掛けています。
M&Aに至った背景としては、ブラジルでIT産業が急成長していることと、Arcon Informatica S.A.が持っている高度なセキュリティ対策のノウハウや技術がNECにとって強みになると考えたためです。
関連記事:M&AはDXが課題の企業にこそおすすめ|成約事例を紹介
まとめ
IT業界は特に変化が激しく、短期間でトレンドが変わったり技術革新が繰り返されています。
そのような厳しい環境下では企業が淘汰されるリスクも高く、今後も生き残っていくためには従業員のスキルアップの支援や専門分野への特化、情報収集などの対策が求められます。
ただし、ヒト・モノ・カネといった経営に不可欠なリソースが不足している場合には、自社のみで経営課題を解決できないこともあるでしょう。
経営基盤を根本的に強化するために、M&Aも有効な選択肢のひとつとして検討してみましょう。