企業が不動産の取引を行ううえで、「不動産売買」は一般的な手法です。
一方で、昨今では「不動産M&A」を実施するケースも増えています。
しかし、不動産M&Aと不動産売買の違いがイメージできていない人も多いのではないでしょうか。
本記事では不動産M&Aと不動産売買の違いや、メリット・デメリットについて詳しく紹介します。
目次
不動産M&Aと不動産売買の前提知識
不動産M&Aと不動産売買を比較するには、それぞれの前提知識が必要です。
まずは、不動産M&Aと不動産売買の概要について押さえておきましょう。
不動産売買とは
「不動産売買」とは、金銭を対価にして不動産を売買することです。
企業が不動産を売買する場合、売り手側は「企業」として買い手と取引します。買い手は不動産の所有権を獲得でき、売り手企業は対価として金銭を受け取ることが可能です。
また、売り手のオーナー経営者が直接金銭を受け取るわけではありません。廃業に伴い会社清算を行う場合は、負債の支払いや株主への分配などを行い、最終的な売却代金が元のオーナー経営者へ分配されます。
不動産M&Aとは
「不動産M&A」とは、M&Aを行い、不動産を取引することです。
企業が不動産M&Aを実施する場合、売り手側は「オーナー経営者」が買い手と取引します。不動産M&Aの手法は、主に「株式譲渡」「新設分割」の2種類です。いずれも、「株式」を取引の対象とします。
売り手のオーナー経営者は株式を買い手に譲渡し、その対価として金銭を受け取ることが可能です。一方で買い手は、不動産を所有する売り手企業そのものの経営権を獲得します。売り手企業の経営権を獲得することで、間接的に不動産の運営権も獲得可能です。
なお、不動産M&Aの手法(スキーム)について詳しく知りたい人は、次の記事を参考にしてください。
関連記事:不動産M&Aとは?スキーム(手法)からメリット、税金、事例まで紹介
【5つの観点】不動産M&A・不動産売買の違いについて
不動産M&A・不動産売買の概要について理解したところで、次に具体的な違いについて掘り下げていきましょう。
ここでは5つの観点で比較しながら、不動産M&A・不動産売買の違いを紹介します。
まずは、以下の一覧表で双方の違いをご確認ください。
観点 | 不動産M&A | 不動産売買 |
取引の対象 | 株式 | 不動産 |
税務上の扱い | 株式の譲渡益に課税 | 不動産の売却益に課税 |
買い手の調査対象 | 不動産を所有する企業 | 不動産 |
支援機関 | 主にM&A専門会社 | 主に不動産仲介業者 |
手数料 | 主にレーマン方式(後述) | 宅地建物取引業法に準拠 |
それぞれの観点について、順番に解説します。
観点1:取引の対象
不動産売買では、売り手のオーナー経営者が持つ不動産の「所有権」を買い手に移転します。つまり、取引の対象になるものは「不動産」です。
一方の不動産M&Aでは、売り手のオーナー経営者が持つ不動産の「運営権」を買い手に移転します。このとき、取引の対象となるものは、不動産ではなく「株式」です。
つまり、不動産売買では不動産そのものを取引する一方で、不動産M&Aでは株式を取引する違いがあります。また、不動産売買では所有権が買い手に移転しますが、不動産M&Aでは基本的に移転しません。
観点2:税務上の扱い
不動産M&A・不動産売買のいずれについても、取引で得た利益に対して課税されます。ただし、税務上の扱いには違いがあるため注意が必要です。
不動産売買では、不動産を売却して得た利益に対して税金が発生します。具体的には、不動産を獲得した際に課される「不動産取得税」の支払いが必要です。また、所有権の移転登記を行う際には「登録免許税」も支払わなければなりません。
一方の不動産M&Aでは、株式を譲渡することで得た利益に対して「譲渡所得税」が発生します。しかし、不動産の所有権は移転しないため登録免許税は発生しません。また、株式譲渡による不動産M&Aであれば、不動産取得税も支払わずに済みます。
そのため、所有権を移転しない不動産M&Aのほうが節税にはつながりやすいでしょう。
観点3:買い手の調査対象
一般的な取引において、買い手が購入対象の資産を調査することは欠かせません。これは、負債のようなリスクがあるものを引き継ぐケースも考えられるためです。
不動産M&Aと不動産売買では、買い手の調査対象にも大きな違いがあります。不動産売買は前述の通り、不動産が取引の対象です。そのため、不動産さえ問題ないと確認できれば、売り手がどのような企業であっても買収の決断に影響はないでしょう。
一方の不動産M&Aでは、不動産だけでなく資産や権利を含む企業全体を買い手が取り込むことになります。売り手企業が負債を抱えていた場合、買い手企業は負債も引き継がなければなりません。つまり、買い手企業は不動産だけでなく、売り手企業全体の調査が必要です。
このように、買い手にとっては不動産M&Aのほうがより広範な調査が求められます。
観点4:支援機関
不動産の取引には専門知識が求められるため、支援機関を利用することが一般的です。
不動産M&Aと不動産売買では、取引の内容が大きく異なるため、支援機関に違いが生じます。
不動産売買では、不動産仲介業者を利用することが一般的です。不動産仲介業者は、不動産の買い手・売り手をつなぎ、交渉や契約などに関するサポートを行います。
一方の不動産M&Aでは、一般的にM&A専門会社を利用します。M&A専門会社は文字通り、M&Aに関する専門的なサポートを行う会社です。M&A専門会社にもよりますが、多くの場合は買い手または売り手の一方に対して、M&Aに関するサポートを行います。
どちらがよいとは一概にはいえませんが、それぞれ支援機関が異なることは把握しておきましょう。
観点5:手数料
手数料は支援機関によって異なるものの、不動産M&Aと不動産売買ではルールに違いがあります。
不動産売買における手数料は、「宅地建物取引業法」の第46条で定められている上限額に従わなければなりません。上限額は、下記のように取引金額によって変わります。
取引金額 | 報酬の上限割合 |
200万円以下 | 取引金額の5.5% |
200万円超、400万円以下 | 取引金額の4.4% |
400万円超 | 取引金額の3.3% |
一方の不動産M&Aでは、手数料に関する厳格な決まりはありません。ただし、「レーマン方式」と呼ばれる算出方法が一般的といえるでしょう。レーマン方式では、取引金額ごとに決められた手数料率を掛けることで成功報酬を算出します。手数料率は下表の通りです。
取引金額 | 手数料率 |
~5億円 | 取引金額の5% |
5~10億円 | 取引金額の4% |
10~50億円 | 取引金額の3% |
50~100億円 | 取引金額の2% |
100億円~ | 取引金額の1% |
200万円以下の取引であれば、いずれも「取引金額の5%」となります。ただし、取引金額が高くなると手数料に差が出やすくなるため、それぞれの違いについて正しく理解しておきましょう。
メリット・デメリットから見る不動産M&Aと不動産売買の違い
不動産M&Aと不動産売買には、それぞれにメリット・デメリットがあります。
ここでは、メリット・デメリットから双方の違いについて確認していきましょう。
メリット
不動産M&Aと不動産売買の主なメリットは、下表の通りです。
不動産M&Aのメリット | 不動産売買のメリット | |
買い手 | ・コストを抑えて不動産を入手可能 ・隠れた良物件が見つかるチャンス | ・手続きの負担が少ない ・負の資産を受け継がずに済む |
売り手 | ・高い節税効果が期待できる ・不動産事業の切り離しがしやすい | ・手続きの負担が少ない ・買い手を探しやすい |
高い節税効果が期待できる不動産M&Aは、不動産の入手や不動産事業の切り離しにかかるコストを抑えやすいでしょう。また買い手にとっては、不動産売買では出回らない好条件の物件が見つかるチャンスもあります。
一方、取引の対象が不動産に限定される不動産売買は、手続きの負担が少ないのがメリットです。買い手は不動産以外の負債を受け継がずに済むため、売り手は買い手探しがしやすいでしょう。
デメリット
不動産M&Aと不動産売買の主なデメリットは、下表の通りです。
不動産M&Aのデメリット | 不動産売買のデメリット | |
買い手 | ・手続きの時間・労力が大きい ・簿外債務などのリスクがある | ・修繕などの追加コストが生じ得る ・価格交渉を有利に進めにくい |
売り手 | ・手続きの時間・労力が大きい ・買い手探しのハードルが高い | ・対価獲得に時間がかかりやすい ・税金が増大しやすい |
不動産M&Aは、取引の対象が不動産売買よりも大きくなる分、手続きの時間・労力は増大しやすいといえます。また、買い手には負債を受け継ぐリスクがあるため、慎重な売り手企業選びが重要です。売り手に負債があると、買い手探しのハードルは高くなるでしょう。
一方、不動産売買は税金や追加コストがかかりやすいことがデメリットです。買い手は不動産の所有権を獲得するため、修繕なども基本的に自社で行わなければなりません。また、売り手のオーナー経営者は企業の清算を経て売却代金を受け取るため、対価の獲得に時間がかかりやすいといえます。
不動産M&Aと不動産売買のどちらを選ぶべきか
不動産M&Aと不動産売買はそれぞれメリット・デメリットがありますが、どちらを選ぶべきか悩むところでしょう。
ここでは、不動産M&Aと不動産売買のそれぞれが向いているケースを紹介します。
不動産を扱ううえでの戦略選びにお役立てください。
不動産売買が向いているケース
不動産の獲得・売却だけを目的とする場合は、不動産売買がおすすめです。
例えば、買い手は「新しく展開する〇〇事業の拠点にする」のように、用途が明確であれば不動産売買が向いています。売り手は不要な不動産を手放したり、現金化したりしたい場合に不動産売買を検討するとよいでしょう。
不動産売買は、不動産だけに絞った局所的な経営戦略のため、不動産M&Aと比べるとステークホルダーへの影響は少ないといえます。不動産以外に思わぬ影響が生じるリスクを避けやすいでしょう。
不動産M&Aが向いているケース
自社の経営課題を解決したい場合は、不動産M&Aがおすすめです。
例えば、「不動産事業のノウハウや人材を取り込んで事業拡大したい」や「不採算事業を切り離して経営をスリム化したい」などのケースが挙げられます。このように何らかの経営課題があるため、その解決策として不動産M&Aを実施することが有効です。
不動産M&Aでは、不動産を含む企業や事業そのものを他社(他者)へ委ねます。そのため、不動産だけにとどまらず多くのステークホルダーに影響する戦略です。経営方針に合った戦略で不動産M&Aを実施すれば、経営課題の解決につながるでしょう。
まとめ
不動産M&Aと不動産売買では、さまざまな点で違いがあります。
不動産の所有権が移転しない不動産M&Aは、より高い節税効果が期待できる戦略です。ただし、企業や事業そのものを譲渡するため、手続きには時間がかかるでしょう。
不動産M&Aにはさまざまなプロセスがあり、会計や法務など多くの専門知識が求められます。M&Aの経験がない経営者が実施するのであれば、M&A専門会社に依頼することがおすすめです。
「M&Aベストパートナーズ」では、不動産業界に特化した専門家が在籍しており、的確なサポートが行えます。
不動産M&Aに関して不安があれば、お気軽にご相談ください。