
競業避止義務とは、従業員が退職後または在籍中に、同業他社へ転職したり、自ら同業の事業を起業・運営したりすることを制限する契約・義務を指します。
企業にとっては、重要なノウハウや顧客情報が流出するリスクを防ぐために非常に重要な役割を果たしているのです。
本記事では、競業避止義務に関して企業側の目線で気を付けたいことや、違反が疑われる際の対応などについてご説明します。
目次
競業避止義務の基礎知識
まずは競業避止義務について基礎的なことから確認していきましょう。
競業避止義務の定義
競業避止義務とは、従業員が在職中または退職後に、同業他社への転職や同業種の事業運営を制限する義務を指します。
企業が技術や営業秘密、顧客情報の流出を防ぐことを目的として設定されることが一般的です。
この義務は主に雇用契約や就業規則で明示され、適用範囲(期間、地域、職種)や代償措置(補償金)を適切に設定しない場合、無効とされるリスクがあります。
日本では労働契約法や判例でその有効性が判断されます。
参考:「労働契約法」(e-Gov法令検索)https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=419AC0000000128)
法的根拠と日本の判例動向
競業避止義務の法的根拠は、日本では主に労働契約法第16条や民法(信義則や不法行為)に基づきます。
ただし、これが有効と認められるためには、①義務を定める合理的な理由があること、②制限の範囲(期間、地域、職種)が過度に広くないこと、③必要に応じて代償措置が設けられていることが必要です。
判例では、義務が認められた例として「企業の営業秘密や顧客情報を守る必要性」が重視される一方、例えば日産自動車事件(※)などでは範囲が広すぎる場合には無効とされたケースもあります。
※参考:裁判所「裁判判例結果詳細」
競業避止義務と秘密保持契約の違い
競業避止義務と秘密保持契約(NDA)の違いは、制約の内容と範囲にあります。
秘密保持契約(NDA)は、企業の機密情報を第三者に漏洩しないことを義務づける契約です。転職や起業を制限するものではなく、秘密情報そのものを守るための契約で、競業避止義務より制約範囲が限定的です。
両者は目的や内容が異なるため、必要に応じて使い分けが求められます。
競業避止義務について企業視点で押さえるべきポイント

競業避止義務を締結すること自体は任意ですが、締結する場合は企業側として注意しなければならないポイントがあることに注意が必要です。
情報流出・技術流出リスクの回避
競業避止義務は、企業が従業員の退職後も自社の情報資産を守るための重要な手段です。特に、営業秘密や技術ノウハウ、顧客リストなどの流出を防ぐ効果があります。
従業員が同業他社に転職したり、同じ分野で独立したりする場合、自社の機密情報が競争相手に渡るリスクが高まります。
この義務を適切に設定することで、競争上の不利益を回避できる一方、範囲が過剰に広いと無効となる可能性があるため、職種や期間、地域を合理的に限定することが重要です。
顧客・取引先の流出防止
競業避止義務は、退職した従業員が自社の顧客や取引先を引き抜くリスクを防止するために有効です。
特に営業やカスタマーリレーションを担う従業員が退職後に同業他社へ転職した場合、自社の取引先情報や顧客リストが利用され、取引先や顧客が流出する可能性があります。
この義務を契約に明記し、範囲(職種、期間、地域)を合理的に設定することで、競争上の不利益を回避できます。ただし、過度な制約は無効とされるリスクがあるため、具体的な内容の設計が重要です。
過度に広範な契約をするリスク
競業避止義務を過度に広範な内容で設定すると、労働者の「職業選択の自由」を不当に制限するものと判断され、無効となるリスクがあります。
特に、①制限期間が長すぎる、②地域が広範すぎる、③職種や業種が広範すぎる場合は、裁判所で無効とされる可能性が高まります。
また、過剰な義務を課すことで労使間の信頼関係が損なわれ、従業員の士気低下やトラブルの原因になることもあるので、合理的かつ明確な範囲を設定し、必要に応じて代償措置を設けることが重要です。
競業避止義務を定める際のポイント

従業員との間で競業避止義務を定める際のポイントを解説します。
就業規則や雇用契約書への明確な記載
競業避止義務を有効に機能させるためには、就業規則や雇用契約書に明確に記載することが重要です。
具体的には、①制限の対象となる業種・職種、②制限の適用範囲(地域・期間)、③従業員にとって合理的な内容であることを詳細に記載する必要があります。
特に、雇用契約書で個別に同意を得ることで、従業員が義務を認識しやすくなり、後々のトラブルを防止できます。
また、内容が曖昧な場合や説明不足の場合、裁判で無効とされるリスクがあるため、事前の説明責任を果たすことも不可欠です。
期間・地域範囲・職種範囲の適切な設定
競業避止義務の有効性を確保するためには、期間・地域範囲・職種範囲を適切に設定することが重要です。
- 期間:通常1~2年程度が妥当とされ、長期間にわたる制限は無効となる可能性があります。
- 地域範囲:業務が影響を及ぼす範囲に限定すべきで、全国規模など広すぎる設定は裁判で無効とされる場合があります。
- 職種範囲:従業員が実際に従事していた職務に限定し、競業の恐れがない職種にまで制限を広げないことが求められます。
これらを合理的かつ明確に設定することで、義務の有効性を高め、トラブル回避につながるでしょう。
代償措置(補償)を検討すべきケース
競業避止義務を有効にするためには、場合によっては代償措置(補償)の提供を検討すべきです。
特に退職後の職業選択の自由を制限する場合、代償措置がないと裁判で無効とされる可能性が高まります。補償内容としては、義務を課す期間中の特別手当や退職金の増額が一般的です。
例えば、営業職や技術職など、業務上のノウハウや顧客情報にアクセスしていた従業員に競業避止義務を課す場合、補償が適切であるほど合理性が認められやすくなります。
これにより、従業員とのトラブルを防ぎ、競業避止義務の有効性を高めることが可能です。
競業避止義務に関する説明責任と同意の取得
競業避止義務を適用する際には、企業が従業員に対して十分な説明責任を果たし、同意を明確に取得することが不可欠です。
義務内容(期間、地域、職種範囲など)を具体的かつ分かりやすく説明し、従業員に合理性を理解してもらうことが重要です。
同意の取得は、雇用契約書や個別契約書に競業避止義務の詳細を記載し、署名や押印を通じて行うのが一般的です。
また、義務に対する代償措置(補償)がある場合は、その内容も明確に説明する必要があります。適切な説明と同意プロセスを経ることで、後々のトラブルを防ぎ、義務の有効性を高めることが可能です。
競業避止義務違反が疑われる場合の企業の対応

競業避止義務は企業を守るために締結する契約です。万が一、元従業員等による競業避止義務が疑われる、または違反した場合に企業側がとれる対応を下記にまとめました。
従業員との事前トラブル防止策
競業避止義務によるトラブルを防ぐためには、従業員への事前の説明とコミュニケーションが重要です。以下のポイントを押さえることで、防止策を講じられます。
- 明確な説明:義務の内容(期間、地域、職種範囲)や目的を具体的に説明し、合理性を理解してもらう
- 公平な設定:義務の範囲が過度に広くならないよう配慮し、従業員の納得を得られる形にする
- 代償措置の提示:必要に応じて補償金や退職金の増額を提供し、義務を正当化する
- 文書化と同意取得:雇用契約や個別合意書に明記し、双方が署名・同意する
これらを徹底することで、従業員の不満や誤解を未然に防ぎ、退職時のトラブル発生を抑えることが可能です。
退職・転職時の確認プロセス
競業避止義務を確実に守るためには、退職や転職時に以下の確認プロセスを実施することが重要です。
- 競業避止義務の再確認
退職者に対して、雇用契約や就業規則に記載された競業避止義務の内容(期間、範囲)を再度説明します。義務を認識してもらうことで、違反のリスクを低減できます。 - 転職先の確認
必要に応じて、転職先の業種や職務内容を確認し、競業避止義務に抵触しないか確認します。ただし、個人情報保護に留意し、適切に対応する必要があります。 - 文書の取り交わし
退職時に義務内容の確認書や守秘義務に関する文書を取り交わし、証拠として残しておきます。
これらのプロセスを適切に行うことで、退職後のトラブル防止につながります。
違反が発覚した場合の対応フロー
競業避止義務の違反が発覚した場合、迅速かつ適切な対応が重要です。以下は基本的な対応フローです。
- 事実確認
違反の具体的な事実(転職先、業務内容など)を調査します。必要に応じて内部記録や証拠を収集します。 - 従業員との話し合い
違反が疑われる従業員に対し、競業避止義務の内容を再確認し、事実関係について説明を求めます。 - 転職先への通知(場合に応じて)
転職先が競業避止義務の存在を知らない場合、適切に通知を行い、違反の防止を図ります。 - 交渉・警告
違反が認められた場合、違反行為の停止や損害賠償請求について交渉します。書面で警告を行うことも重要です。 - 法的措置の検討
交渉で解決しない場合、損害賠償請求や差し止め請求などの法的手段を検討します。
迅速な対応が被害拡大の防止につながるでしょう。
損害賠償請求と法的措置の検討
競業避止義務が違反された場合、損害賠償請求や法的措置を検討することで企業の利益を守ることが可能です。以下が主な手順です。
- 違反内容の確認と証拠収集
違反の事実(転職先や業務内容、情報流出の有無など)を具体的に調査し、証拠を確保します。 - 損害額の算定
実際に発生した損害(売上減少、顧客流出など)を明確にし、請求金額を算定します。 - 警告書の送付
違反者に対して、損害賠償請求を視野に入れた警告書を送付し、和解の可能性を探ります。 - 訴訟の検討
和解が成立しない場合、損害賠償請求訴訟や差し止め請求を提起します。競業避止義務の範囲や代償措置の適正性も裁判で問われます。
法的措置はコストや時間がかかるため、事前に弁護士に相談し、企業にとって最適な方法を選択することが重要です。
競業避止義務の運用例と注意点

競業避止義務が運用される例を業種や分野、あるいは社内のレイヤーごとに紹介します。
- IT企業・スタートアップ
エンジニアや営業職に競業避止義務を設定し、技術や顧客情報の流出を防ぐ。特に短期間のプロジェクト型契約で導入するケースが多い。 - 製造業・研究開発部門
特許や技術ノウハウを扱う従業員に義務を課し、競合他社への情報流出を防止。補償金を用意して信頼性を高める。 - 経営層・管理職
経営方針や顧客戦略への深い理解を持つ層には、広範な制約を課す。
先ほどもご説明したとおり、過度な制限をかけると無効となるリスクがあったり、義務に合理性を持たせるために補償金の提供が必要になることも。
適切な運用でリスクを回避しつつ、従業員との信頼関係を保つことが重要です。
競業避止義務に関する最新トレンド

ここでは、競業避止義務の最新トレンドを見ていきましょう。
働き方の多様化と競業避止義務の関係性
働き方の多様化により、競業避止義務の適用や運用にも新たな課題が生じています。副業やフリーランス、リモートワークの普及によって、従業員が複数の仕事を持つケースが増え、従来の競業避止義務の適用が難しくなる場面も出てくるでしょう。
注意点としては、下記のとおりとなります。
- 副業時代の対応
副業が許可されている場合、どの範囲まで競業を制限するか明確に定める必要があります。特に副業が本業と競合する可能性がある場合は、具体的な制約を示すことが重要です。 - リモートワーク時代のリスク
地理的制約が緩和される中、競業避止義務の「地域範囲」を適切に設定し直す必要があります。 - 契約の透明性
従業員が義務の内容を理解しやすい形で説明し、合理性を持たせることで、トラブルを未然に防ぎます。
新しい働き方に対応した柔軟で適切な運用が求められます。
副業解禁時代における企業対応
副業解禁時代において、競業避止義務を適切に運用するためには、従業員の多様な働き方を尊重しつつ、企業の利益を保護するバランスが重要です。
企業側としては、下記のポイントを押さえつつ対応しましょう。
- 競業行為の明確化
競業とみなす行為の具体例(同業他社での勤務、競合製品の開発など)を就業規則や雇用契約書に明記し、従業員に理解させます。 - 副業届出制の導入
副業の内容を事前に企業へ報告させ、競業リスクがある場合に適切に対応できる仕組みを整えます。 - 柔軟な適用範囲の設定
副業を完全に制限するのではなく、競業リスクが高い職種や業務に限定して義務を課すことで、従業員の自由を尊重します。 - 定期的なルール見直し
副業トレンドや法改正に合わせて、競業避止義務の内容を適宜更新することが求められます。
これにより、企業の競争力を守りながら、従業員のモチベーションを高める運用が可能です。
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デジタル時代に求められるセキュリティ対策
デジタル時代において、競業避止義務とセキュリティ対策は密接に関係しています。従業員のデジタルツール利用が拡大する中、情報漏洩や不正利用のリスクを防ぐため、以下のようなセキュリティ対策が求められます。
セキュリティ対策のポイントは下記のとおりです。
- データアクセス管理
機密情報へのアクセス権限を必要最小限に限定し、従業員ごとに管理します。 - デジタル監視の強化
業務デバイスの使用状況やデータ移動を記録・監視するシステムを導入し、不正なデータ持ち出しを防ぎます。 - 退職時のデータ回収と削除
退職時にデバイスやデータを確実に回収し、個人デバイスに保存された機密情報を削除します。 - 教育と意識向上
従業員に対し、データ保護や競業避止義務の重要性を理解させる研修を実施します。
これらを徹底することで、競業行為に伴うリスクを最小限に抑えることが可能です。
【FAQ】競業避止義務に関する企業側の疑問点
ここでは、競業避止義務に関してよく聞かれる質問にお答えしていきます。
Q1:競業避止義務は全ての従業員に適用できるのか?
競業避止義務はすべての従業員に適用できるわけではありません。
適用には合理的な理由が必要であり、職種や役職に応じた適切な設定が求められます。
適用が認められる条件は下記のとおりです。
- 業務内容と情報へのアクセス
営業秘密や顧客情報、技術ノウハウにアクセスできる職種(営業、技術職、管理職など)に対して適用されることが多いです。一般職や情報にアクセスしない従業員への適用は認められにくい場合があります。 - 合理的な範囲の設定
期間、地域、職種範囲が適切でない場合、義務は無効となる可能性があります。 - 代償措置の提供
特に退職後に義務を課す場合、補償金などの代償措置を伴うことで有効性が高まります。
全従業員に一律で適用するのではなく、リスクに応じた範囲で義務を課すことが重要です。
Q2:代償措置は必ず必要か?
競業避止義務において代償措置(補償)が必ず必要かどうかはケースバイケースです。
日本では法律で一律に義務付けられているわけではありませんが、特に退職後の競業避止義務を課す場合、代償措置があることでその有効性が高まります。
代償措置が必要となるケースは下記のとおりです。
- 退職後の義務
職業選択の自由を制限するため、代償措置がない場合、裁判所で無効とされる可能性があります。補償金や特別退職金の支給が一般的です。 - 制約が広範な場合
長期間や広い地域範囲で制限を課す場合、合理性を補強するため代償措置が必要です。
なお、在職中の競業避止義務では、給与という対価が代償として機能するため、追加措置が不要とされる場合があります。
合理性と裁判での有効性を考慮し、代償措置を検討することが推奨されます。
Q3:就業規則だけでなく個別の契約は必要か?
競業避止義務を確実に適用するためには、就業規則だけでなく個別の契約を締結することが推奨されます。
個別契約を結ぶことを推奨する理由としては下記が挙げられます。
- 就業規則の限界
就業規則に競業避止義務を記載するだけでは、従業員が具体的な内容や範囲を十分に認識していない場合があります。就業規則は一方的に作成されるため、裁判所での有効性が争われるリスクもあります。 - 個別契約の有効性
個別の雇用契約や競業避止契約で義務の内容(範囲、期間、地域)を具体的に定め、従業員の署名を得ることで、義務の存在を明確にし、有効性を高めることができます。 - 従業員の理解促進
個別契約を通じて説明責任を果たし、従業員の同意を明確にすることで後々のトラブルを防止できます。
したがって、就業規則と個別契約を併用することが最善の対応です。
まとめ
競業避止義務は、企業が営業秘密や顧客情報、技術ノウハウなどの流出を防ぐために重要な手段です。
しかし、すべての従業員に一律で適用できるわけではなく、業務内容や役職に応じて合理的な範囲で設定する必要があります。
その際、期間、地域、職種の範囲を適切に限定し、必要に応じて代償措置(補償金など)を提供することで、有効性を高めることができます。
また、就業規則への明記だけでなく、個別の契約を締結することで従業員の理解と同意を得ることが重要です。
さらに、退職時や違反が疑われる場合の対応フローを整備し、トラブル発生を防ぐための準備が求められるでしょう。
特に働き方の多様化やデジタル時代の進展に伴い、副業やリモートワークへの対応、セキュリティ対策の強化が必要となります。
競業避止義務を適切に設計・運用することで、企業の利益を守りつつ従業員との信頼関係を維持し、法的リスクを最小限に抑えることが可能です。