
競業避止義務とは、従業員が退職後または在籍中に、同業他社へ転職したり、自ら同業の事業を起業・運営したりすることを制限する契約・義務を指します。
企業にとっては、重要なノウハウや顧客情報が流出するリスクを防ぐために非常に重要な役割を果たしているのです。
この記事では、企業側から見た競業避止義務に関する注意点や、違反が疑われてしまったときの対応などを解説します。
目次
競業避止義務の基礎知識
競業避止義務とは、具体的にどのようなことでしょうか。
競業避止義務の定義と日本国内での判例について解説します。
併せて秘密保持契約との違いもご紹介するので、競業避止義務を詳しく知りたいと考えている方は参考にしてください。
競業避止義務の定義
競業避止義務とは、従業員が在職中または退職後に、同業他社への転職や同業種の事業運営を制限する義務です。
所属企業の技術や営業秘密、顧客情報の流出を防ぐことを目的として、一般的には入社時の誓約書や就業規則によって定められています。
しかし、適用範囲(期間、地域、職種)や代償措置(補償金)を適切に設定しない場合、競業避止義務が無効と判断されるリスクがあり、注意が必要です。
競業避止義務が有効か否かは、労働契約法や判例で判断されることが多いです。
参考:「労働契約法(e-Gov法令検索)」
法的根拠と裁判所での判例
競業避止義務の法的根拠は、主に労働契約法第16条や民法(信義則や不法行為)に基づきます。
ただし、有効と認められるためには以下の条件が必要です。
- 義務を定める合理的な理由がある
- 制限の範囲(期間、地域、職種)が過度に広くない
- 必要に応じて代償措置が設けられている
裁判所による判例では、義務が認められた例として「企業の営業秘密や顧客情報を守る必要性」が重視される傾向があります。
一方で、日産自動車事件※のケースでは、範囲が広すぎるために無効と判断されました。
※参考:「裁判判例結果詳細/昭和54(オ)750」
競業避止義務と秘密保持契約の違い
競業避止義務と秘密保持契約(NDA)は、制約の内容と範囲に違いがあります。
競業避止義務 | 在職中または退職後に、同業他社への転職や同業種の事業運営を制限する |
秘密保持契約 | 企業の機密情報を第三者に漏洩しないことを義務づける契約(秘密情報の保護が目的) |
両者は目的や内容が異なるため、必要に応じて使い分ける必要があります。
競業避止義務について企業視点で押さえるべきポイント
競業避止義務の締結は任意のため、必ず行わなければならいということではありません。
もし締結をする場合は、企業側はポイントを押さえて締結内容の検討をすることが必要です。
情報流出・技術流出リスクの回避
従業員が同業他社に転職したり、同じ分野で独立したりする場合、自社の機密情報が競争相手に渡るリスクがあります。
自社情報を守るための手段として、競業避止義務の締結は有効です。特に、技術やノウハウ、顧客情報などの流出を防ぐ効果が期待できます。
義務の内容を適切に設定することで、市場競争で発生するリスク回避ができます。しかし、義務の範囲が過剰に広い場合、無効となる可能性があります。
競業避止義務の内容を設定するときは、職種や期間、地域を適切に限定することが大切です。
顧客・取引先の流出防止
競業避止義務は、退職した従業員が自社の顧客や取引先を引き抜くリスクを防止することが可能です。
営業やカスタマーリレーションを担う従業員が退職後に同業他社へ転職した場合、自社の取引先情報や顧客リストが利用され、取引先や顧客が流出するリスクがあります。
締結内容に顧客や取引先の引き抜きを制限する旨を明記することで、リスク回避が可能です。
過度に広範な契約をするリスク
競業避止義務を過度に広範な内容で設定した場合、「職業選択の自由を不当に制限している」と判断され、裁判所によって無効となる可能性があります。
無効となるとき、以下のようなケースが挙げられます。
- 制限期間が長すぎる
- 地域が広範すぎる
- 職種や業種が広範囲すぎる
また、過剰な義務を課すことで労使間の信頼関係が損なわれ、従業員のモチベーション低下やトラブルの原因になる可能性もあります。
競業避止義務では合理的かつ明確な範囲を設定し、必要に応じて代償措置を設けることが重要です。
競業避止義務を定める際のポイント
競業避止義務を定めるときに必要な具体的な内容についてご紹介します。
「これから競業避止義務の内容を検討する」という方は、参考にしてみてはいかがでしょうか。
就業規則や雇用契約書への明確な記載
競業避止義務を有効に機能させるためには、就業規則や雇用契約書に記載することが重要です。
具体的には、以下の内容について明確に記載をします。
- 制限の対象となる業種・職種
- 制限の適用範囲(地域・期間)
- 従業員にとって合理的な内容
競業避止義務を締結する場合、雇用契約書によって個別に同意を得ることがおすすめです。従業員一人ひとりが義務を認識しやすくなり、トラブルの発生リスクを低くすることができます。
また、内容が適切でも説明が不十分だった場合、無効と判断される可能性があります。締結時は十分な説明をし、理解できたかを確認することが大切です。
期間・地域範囲・職種範囲の適切な設定
競業避止義務の有効性を確保するためには、期間・地域範囲・職種範囲を適切に設定することが大切です。
期間 | 1~2年程度が妥当とされ、長期間にわたる制限は無効となる可能性がある。 |
地域範囲 | 業務が影響を及ぼす範囲に限定する。 全国など広すぎる設定は裁判で無効とされる場合がある。 |
職種範囲 | 従業員が実際に従事していた職務に限定する。 競業の恐れがない職種にまで制限を広げないようにする。 |
必要以上の制限をかけた場合、企業に対する不信感を抱かせる原因になることがあります。
各項目について合理的で適切な範囲に設定することで義務の有効性を高め、トラブル回避につなげましょう。
代償措置(補償)の検討
競業避止義務を有効にするためには、代償措置(補償)の検討が必要なケースがあります。
退職後の職業選択の自由を制限する場合、代償措置がないと裁判で無効とされる可能性が高まります。記載する内容としては、義務を課す期間中の特別手当の支給や退職金の増額などが挙げられます。
営業職や技術職など、業務上のノウハウや顧客情報に直接関わっていた従業員に競業避止義務を課す場合、補償内容が適切であるほどトラブル発生時に裁判所で認められやすいです。
代償措置(補償)を盛り込むことで従業員とのトラブルを防ぎ、競業避止義務の有効性を高めることができるでしょう。
競業避止義務に関する説明責任と同意の取得
競業避止義務を締結する際は、従業員に対する説明責任を果たし、理解してもらったうえで同意を得ることが重要です。
義務内容(期間、地域、職種範囲など)を具体的かつ分かりやすく説明し、従業員に合理性を理解してもらいましょう。
同意の取得は、競業避止義務の詳細を明記した雇用契約書や個別契約書の読み合わせを実施し、署名・押印によって締結することが一般的です。
また、義務に対する代償措置(補償)がある場合は、その内容も説明する必要があります。
十分な説明によって同意を得ることでトラブルを防ぎ、義務の有効性を高めることが可能です。
競業避止義務を守ってもらうための方法
競業避止義務は、「締結しているから大丈夫」ということではありません。
従業員が退職する際に、義務を守ってもらうための確認が必要です。
退職・転職時の確認プロセス
競業避止義務を確実に守るためには、従業員の退職・転職時に以下の確認をすることが大切です。
競業避止義務の再確認 | 雇用契約や就業規則に記載された競業避止義務の内容(期間、範囲)を再度説明する。 |
転職先の確認 | 転職先の業種や職務内容を確認し、競業避止義務に抵触しないか確認する※。 |
文書の取り交わし | 義務内容の確認書や守秘義務に関する文書を取り交わし、証拠として残す。 |
※個人情報保護に留意し、適切に対応する必要があります。
競業避止義務違反が疑われた場合の企業の対応
競業避止義務は、企業を守るために締結する契約です。
退職した従業員が競業避止義務に違反したことが疑われる、または違反した場合に企業側がとれる対応をご紹介します。
違反が発覚した場合の対応フロー
競業避止義務の違反が発覚した場合、迅速かつ適切な対応が重要です。
基本的な対応の流れは以下の通りです。
- 事実確認
違反の具体的な事実(転職先、業務内容など)を調査。必要に応じて内部記録や証拠を収集する。 - 従業員との話し合い
違反が疑われる従業員に対して競業避止義務の理解を確認し、事実関係について説明を求める。 - 転職先への通知(場合に応じて)
転職先が競業避止義務の存在を知らない場合、通知を行い違反を告知する。 - 交渉・警告
違反が認められた場合、違反行為の停止や損害賠償請求について交渉する。状況に応じて書面による警告を行う。 - 法的措置の検討
交渉で解決しない場合、損害賠償請求や差し止め請求などの法的手段を検討する。
損害賠償請求と法的措置の検討
競業避止義務が違反が発覚し、交渉による解決ができなかった場合、損害賠償請求や法的措置の検討が必要です。
- 違反内容の確認と証拠収集
違反の事実(転職先や業務内容、情報流出の有無など)を調査し、証拠を確保する。 - 損害額の算定
発生した損害(売上減少、顧客流出など)を明確にし、請求金額を算定する。 - 警告書の送付
違反者に対して損害賠償請求を視野に入れた警告書を送付し、和解の検討を促す。 - 法的措置の検討
和解が成立しない場合、損害賠償請求訴訟や差し止め請求を検討する。
法的措置は解決までに多くの時間とコストがかかります。
事前に弁護士に相談し、企業にとって最適な方法を選択することが大切です。
競業避止義務の設定事例と注意点
競業避止義務の設定事例を、業種や分野ごとにご紹介します。
IT・スタートアップ企業 | エンジニアや営業職に競業避止義務を設定し、技術や顧客情報の流出を防ぐ。 短期間のプロジェクト型契約で導入するケースが多い。 |
製造業・研究開発部門 | 特許や技術ノウハウを扱う従業員に義務を課し、競合他社への情報流出を防止。 補償金を用意して信頼性を高める。 |
経営層・管理職 | 経営方針や顧客戦略への深い理解を持つ役職者に対し、広範な制約を課す。 |
過度な制限をかけると無効になったり、義務に合理性を持たせるために補償金の提供が必要なったりするケースがあります。
適切な設定でリスクを回避し、従業員との信頼関係を保つことが大切です。
時代の変化に応じた競業避止義務への対応
時代によって、さまざまな技術やシステムが開発され、競業避止義務の内容では対応できないケースがあります。
時代に合わせた競業避止義務の見直し方法をご紹介します。
働き方の多様化と競業避止義務の関係性
働き方の多様化により、競業避止義務の適用や運用にも新たな課題が生じています。
副業やフリーランス、リモートワークの普及によって、複数の仕事を持つ方は多いです。そのため、従来の競業避止義務ではカバーしきれないケースがあります。
企業が対応できることとして、以下のようなことが挙げられます。
- 副業への対応
副業を許可している企業の場合、どの範囲まで競業を制限するか明確に定めることが必要です。
競合する企業での副業と判断された場合は、聞き取りのうえで競業避止義務の再確認が必要です。 - リモートワークに対する対応
リモートワークの普及により、さまざまな場所の業務が可能になりました。
リモートワークを推奨している企業の場合、「地域範囲」の設定を見直す必要があります。 - 契約内容の再確認
入社時に契約内容の確認をしても、時間と共に義務に対する意識は低下しやすいです。
定期的に従業員と雇用契約の内容を再確認し、従業員の理解を深めることが大切です。
デジタル技術の進歩に合わせたセキュリティ対策
競業避止義務とデジタルツールのセキュリティ対策は、密接に関係しています。
デジタルツールからの情報漏洩や不正利用のリスクを防ぐため、インターネットセキュリティに関する対策が求められます。
データアクセス管理 | 機密情報へのアクセス権限を必要最小限に限定し、従業員ごとに管理する。 |
デジタル監視の強化 | 業務デバイスの使用状況やデータ移動を記録・監視し、不正なデータ持ち出しを防ぐ。 |
教育と意識向上 | データ保護や競業避止義務の重要性を理解させる研修を実施する。 |
職時のデータ回収と削除 | 退職時にデバイスやデータを回収する。 個人デバイスに保存された機密情報も削除する。 |
【FAQ】競業避止義務でよくある質問
競業避止義務に関して、企業からよく聞かれる質問と回答をご紹介します。
Q1:競業避止義務は全ての従業員に適用できるのか?
A:競業避止義務はすべての従業員に適用できるわけではありません。
適用するためには合理的な理由が必要であり、職種や役職に応じた適切な設定が求められます。
適用が認められる条件は以下のとおりです。
- 情報へのアクセス権がある職種
営業秘密や顧客情報、技術ノウハウにアクセスできる職種(営業、技術職、管理職など)に対して適用されることが多いです。
一般職や情報にアクセスしない従業員への適用は認められにくい場合があります。 - 合理的な範囲の設定
期間、地域、職種範囲が適切でない場合、義務は無効となる可能性があります。 - 代償措置の提供
退職後も義務を課す場合、補償金などの代償措置を伴うことで有効性が高まります。
全従業員に一律で適用するのではなく、リスクに応じた範囲で義務を課すことが必要です。
Q2:代償措置は必ず必要か?
A:状況によって異なります。
日本国内では法律で一律に義務付けられているわけではありません。しかし、退職後の競業避止義務を課す場合、代償措置があることでその有効性が高まります。
代償措置が必要となるケースは以下のとおりです。
- 退職後の義務
職業選択の自由を制限するため、代償措置がない場合は裁判所で無効とされる可能性があります。補償金や特別退職金の支給が一般的です。 - 制約が広範な場合
長期間や広い地域範囲で制限を課す場合、合理性を補強するために代償措置が必要です。
在職中の競業避止義務では、給与という対価が代償として機能するため、追加措置が不要とされる場合があります。
代償措置は、合理性と裁判での有効性を考慮したうえで検討すること求められます。
Q3:就業規則だけでなく個別の契約は必要か?
A:競業避止義務を確実に適用するためには、就業規則だけでなく個別の契約がいいでしょう。
個別の契約を推奨する理由として、以下の理由が挙げられます。
- 就業規則の限界
就業規則に競業避止義務を記載するだけでは、従業員が具体的な内容や範囲を理解しにくい場合があります。
就業規則は企業側によって一方的に作成されるため、裁判所での有効性が争われるリスクもあります。 - 個別契約の有効性
個別の雇用契約や競業避止契約によって各契約の内容を具体的に定めることで、義務の存在を明確にし、有効性を高めることができます。 - 従業員の理解促進
個別契約を通じて説明責任を果たし、従業員の同意を得ることで後々のトラブルを防止できます。
まとめ
競業避止義務は、企業が営業秘密や顧客情報、技術ノウハウなどの流出を防ぐために重要な役割を担っています。
しかし、すべての従業員に適用できるわけではなく、業務内容や役職に応じて合理的な範囲で設定する必要があります。
また、就業規則への明記だけでなく、個別の契約を締結することで従業員の理解と同意を深めことも大切です。
時代の変化に併せて、定期的に見直すことも必要でしょう。
競業避止義務を適切に検討・契約締結をし、情報漏洩など企業が抱えるリスクを最小限に抑えましょう。