中小企業が抱える経営課題は数多く、中には後継者不足などのように自社の経営努力だけでは解決しきれない問題もあります。
そこで有力な解決策となり得るのがM&Aによる事業承継という方法です。
本記事では事業承継とはどういった方法なのか、中小企業のどういった問題を解決できる可能性があるのか、事業承継に成功した中小企業の事例なども含めて解説します。
目次
中小企業が抱えがちな経営課題
中小企業の事業承継が増えている背景には、さまざまな経営課題が挙げられます。企業によっても抱えている課題は異なりますが、特に代表的なものを4つご紹介しましょう。
人材不足
少子高齢化に伴い、さまざまな業界・業種において人材不足が進んでおり、特に中小企業においては深刻化が増しています。
専門知識やスキルを持つ人材が不足することで業務効率や生産性の低下を招き、企業の成長が妨げられます。
また、中小企業は大手企業に比べて知名度が低いため優秀な人材を引き付けることが難しいほか、給与や福利厚生の面でも不利になりやすく、さらに人手不足が深刻化するという悪循環に陥ることもあります。
収益率の低下
円安や物価高が進む昨今、原材料価格の高騰によって生産コストが増大し、収益率が低下している企業も少なくありません。
特に中小企業は大手メーカーからの下請けによって事業が成り立っているケースも多く、取引価格への転嫁が進まず収益率の低下を招きやすい傾向があります。
財務状況の悪化
人件費の高騰や販売不振、さらには収益率の低下などによって財務状況が悪化すると、特に資金力に乏しい中小企業は経営に大きな打撃を受けることになります。
財務状況が悪化すると企業としての信用が低下し、銀行などからの資金調達が困難となり、最悪の場合廃業や倒産といった結果につながる可能性もあるでしょう。
後継者不足
中小企業では高齢の経営者も多く、次の世代に経営を引き継いでいく必要があります。
しかし、後継者候補が見つからなかったり、経営のノウハウを継承し人材育成に割く十分な時間が確保できないといった課題を抱える企業も多く、後継者不足が深刻化しています。
中小企業が事業承継を行うメリット
さまざまな課題を解決するための方法として、M&Aによる事業承継を検討している中小企業もあります。
ネガティブなイメージが根強いM&Aですが、中小企業にとってはどういったメリットが期待できるのでしょうか。
経営の安定化
事業承継によってスムーズな経営の引き継ぎができれば、取引先や従業員の不安が軽減されます。
従業員は今後も安心して働き続けられると感じ、取引先も将来にわたる安定的な契約や取引が継続できるでしょう。
その結果、経営そのものが安定化し企業の持続的な可能な成長が期待できます。
税制上のメリット
相続税や贈与税の負担額が大きいといった理由で、家族や親族から会社を引き継ぐことが難しいケースもあります。
事業承継では一定の条件を満たした場合、相続税や贈与税の軽減措置が受けられることから、資産のスムーズな移転が可能となり事業を存続しやすくなるでしょう。
知的資産の引継ぎ
中小企業の中には優れた技術やノウハウをもった事業者も多く、廃業や倒産に至るとこれらの知的資産が失われてしまいます。
事業承継を行うことで、優れた技術やノウハウが次世代に引き継がれ、企業の競争力維持やさらなる成長の基盤となります。
また、企業文化やブランドの価値を保つためにも有効な方法といえるでしょう。
経営者の若返り
事業承継によって次世代の経営者に会社を引き継ぐことで、経営層の若返りを図ることができ、新しい経営の視点やアイデアが企業に取り入れられます。
特に昨今は人々の価値観やニーズが多様化しており、時代の変化に柔軟に対応できる経営が求められています。
経営層の若返りを図ることで、デジタル化やグローバル化といった新しいトレンドに対応できる可能性もあり、企業のさらなる成長につなげられるでしょう。
資金調達が容易になる
事業承継によって経営を引き継ぐことができれば、企業の信用力が向上し資金調達がしやすくなります。
潤沢な資金を手にすることができれば、新規事業や新規プロジェクトへの投資がスムーズに行われ、企業の持続的な成長につながっていきます。
関連記事:事業承継と事業継承の違い|使い分けや後継者育成の心得
中小企業の事業承継の種類
事業承継にはさまざまな方法がありますが、今回は中小企業にとって選択肢となり得る3つの方法をご紹介しましょう。
親族内承継
親族内承継とは、経営者の子どもや孫、親族などに会社を引き継ぐ方法です。
中小企業の中には親族で経営を行っている企業も多く、親から子、子から孫へと経営が引き継がれていくケースは珍しくありません。
親族内承継は既定路線であると捉えられることも多く、事業承継のプロセスにおいてトラブルは起こりにくいメリットがあります。
ただし、経営者の家族や親族だからといって、すべての人が経営者の適性があるとは限らないことから慎重な判断が求められます。
親族外承継
親族内承継とは反対に、家族や親族以外の人に会社を引き継ぐことを親族外承継とよびます。
一般的には、自社の従業員や関係者などに承継する場合が多く、自社の文化や実務にも精通していることから適性のある人材を選びやすいメリットがあります。
M&A
親族外承継の中でも、会社の従業員や関係者ではない第三者に経営を引き継ぐことを、M&Aもしくは第三者承継とよびます。
幅広い候補の中から信頼できる経営者に引き継ぐことができるため、M&Aを機に経営基盤が安定化したり、大きな成長を遂げる機会となるケースも珍しくありません。
しかし、一方で自社の文化や仕事について十分に理解されないままM&Aを進めてしまうと、新経営陣と従業員との間で軋轢が生じたり、顧客や取引先が離れていくリスクもあります。
関連記事:事業継承(事業承継)の手続きの流れとは?必要となる書類や税金について
中小企業が活用したい事業承継税制の概要とメリット
メリットの中でもご紹介した税制上の優遇措置とは、具体的にどういったものなのでしょうか。
中小企業が利用できる事業承継税制の概要や要件などについてご紹介します。
事業承継税制の概要
事業承継税制とは、事業承継の際に納付義務のある贈与税および相続税について、納税猶予を受けられる税制優遇措置です。
さらに、一定の要件を満たすことにより、納税の猶予だけでなく一定割合の税額が免除されることもあります。
2018年から追加された事業承継税制の特例措置では、特例承継計画を提出することを条件に対象となる株式の割合や猶予・免除される納税割合が拡充されています。
事業承継税制を利用するメリット
事象承継にあたって株式や資産を引き継ぐ場合、本来であれば贈与税や相続税の納付が必要であり、場合によっては数十万円、数百万円単位での納付義務が生じることがあります。
しかし、事業承継税制を利用することで納付の猶予や税金そのものが免除され、事業承継のハードルが大幅に下がります。
経営の引き継ぎがしやすくなることで事業の継続性が高まり、中小企業の持続的な成長につながることが期待されます。
事業承継税制の要件
事業承継税制を利用するためには、以下に示す「先代経営者」と「後継者」、「会社」の各要件を満たしておく必要があります。
先代経営者の要件
以下3つの要件を満たしていること
- 会社の代表者であったこと
- 相続または贈与の直前まで、先代経営者個人および親族が総議決権数の過半数を保有する筆頭株主であったこと
- 贈与の時点で会社の代表者を退任していること(贈与の場合)
後継者の要件
以下5つの要件を満たしていること
- 相続または贈与の直後から会社の代表者であること
- 相続または贈与の時点で、後継者および後継者親族で総議決権数の過半数を保有すること
- 後継者親族の中で筆頭株主であること(総議決権数の10%以上の議決権数を保有)
- 相続開始の直前に役員であったこと(相続の場合)
- 贈与時に18歳以上(2022年3月31日以前の場合は20歳以上)であり、贈与の直前まで3年以上役員であったこと
会社の要件
以下5つの要件を満たしていること
- 中小企業者、もしくは特例有限会社や持分会社に該当すること
- 従業員が1名以上在籍していること
- 上場企業・風俗営業会社ではないこと
- 資産管理会社に該当しないこと
- 特定承継計画の提出を済ませている
事業承継税制の注意点
事業承継税制では、以下の要件に該当する場合に税制優遇措置が取り消されることがあります。
- 対象となる株式の一部を売却した
- 後継者が代表者を辞任した(やむを得ない場合を除く)
- 後継者が筆頭株主ではなくなった
- 後継者親族の議決権が50%を下回った
中小企業の事業承継を成功させるポイント
中小企業が事業承継を行う場合、どういったポイントに注意すれば良いのでしょうか。
早期からの計画と準備
事業承継は短期間で完了するものではなく、数年単位での準備が必要となることもあります。
そのため、できるだけ早い段階から計画と準備をしておく必要があるでしょう。
早期に計画・準備をしておくことで、後継者探しや後継者の育成、財務対策などを無理のないスケジュールで進められるほか、想定外のトラブルが発生したとしても対処しやすくなります。
後継者の育成
後継者の選定と育成は事業承継の成否を左右するといっても過言ではなく、極めて重要な要素といえます。
現場で働く従業員に必要な能力と、経営者に求められる能力やスキルは異なることから、段階的な育成計画を立てたうえで実行していくことが必要です。
緊密なコミュニケーション
事業承継では従業員や取引先、金融機関などさまざまなステークホルダーとの調整が必要であり、関係者間で緊密なコミュニケーションが求められます。
コミュニケーション不足に陥ると、経営者と各ステークホルダーとの信頼関係が崩れてしまい、プロセスを円滑に進めることが難しくなります。
財務・税務の適切な対策
事業承継では、相続税や贈与税の負担を軽減するために事業承継税制の申請を行ったり、財務面でのリスクがないかも確認し適切な対策を講じておく必要もあります。
特に中小企業においては、貸借対照表には計上されていない簿外債務などの財務リスクもあるため、専門家のアドバイスを受けながら計画的に対策を講じておきましょう。
事業継続のための体制構築
事業承継後も安定した経営を続けていくためには、経営体制や社内の組織などの整備も不可欠です。
後継者がスムーズに経営を引き継げるよう、現在の組織体制から見直すべき点はないか、役割分担も明確化しておく必要があるでしょう。
専門家の活用
事業承継のプロセスを円滑に進めていくためには、法務や税務、財務など多岐にわたる専門的な知識が不可欠です。
そのため、企業では弁護士や税理士、公認会計士などの専門家に依頼するケースが多く、適切な助言を得ながら進めることで複雑な手続きや想定外のリスクにも対処しやすくなります。
関連記事:事業継承が難しい5つの理由とは?円滑に進めるためのポイントと併せて解説
中小企業の事業承継の事例
中小企業において事業承継に成功した事例にはどのようなものがあるのでしょうか。今回は3社の事例をご紹介します。
後継者不在の経営課題を解消した事例
北陸地方のある印刷会社では、経営者の高齢化に伴い親族や従業員に対して経営の引き継ぎを打診しましたが、さまざまな事情から実現には至りませんでした。
経営者として従業員の雇用を守る責任もあったため、M&Aによって第三者に対する事業承継を実施。
M&Aにあたっては事前に従業員に対して説明を行ったことで理解も得られ、スムーズに相手先企業との交渉も進められたといいます。
売り手企業にとっては後継者不在という経営課題をクリアできたほか、買い手企業にとっても売上やシェア拡大につながったといいます。
異業種間の事業承継に成功した事例
東海地方で旅館を運営している企業も後継者不足に頭を悩ませており、M&Aによる事業承継を模索していました。
買い手企業として名乗りを挙げたのはフォトスタジオや結婚式場を運営する企業です。
コロナ禍によってブライダル事業は大きな痛手を受けていたこともあり、M&Aを契機に業態を転換し経営基盤を安定化させることに成功しました。
経営効率化を目的とした事業承継の事例
ECサイトを運営していたある企業では、新規事業に経営リソースを集中させ効率化を図るために、既存事業の一部を事業承継によって売却しました。
買い手企業の子会社ではデジタルマーケティングを主力としていたことから、両社が培ってきたノウハウを活かしシナジー効果を発揮できているといいます。
売り手企業は資金を元手に新規事業に集中できているほか、買い手企業においても倍以上の利益率へと改善しています。
まとめ
中小企業にとって事業承継はさまざまな経営課題を解決する手段であり、実際にM&Aを決断する経営者も増えつつあります。
特に親族内承継や親族外承継が難しい場合、M&Aによる事業承継を選択肢のひとつとして検討することで経営の引き継ぎ先が見つけられる可能性もあるでしょう。