会社の経営権を後継者に引き継ぎ、新たな経営者のもとで事業を再スタートさせることを事業承継とよびます。
事業承継にはさまざまな方法がありますが、特に多くの企業で用いられるのが株式譲渡とよばれる方法です。
本記事では事業承継における株式譲渡の概要や、気になる税金の問題、事業承継のハードルを軽減できる税制優遇措置などもあわせて解説します。
目次
事業承継における株式譲渡とは?
事業承継とは、経営者が次の世代の経営者に会社の経営権や資産などを引き継ぐことを指します。
事業承継にはさまざまな方法がありますが、中でも代表的なのが株式譲渡です。
経営者自身が保有している株式を後継者に譲渡することにより、後継者に対して経営権が正式に承継されます。
株式譲渡は事業承継において比較的シンプルな方法であり、たとえば事業譲渡や会社分割といった方法よりも手続きにかかる手間や時間を節約することができます。
事業承継における株式譲渡の方法
事業承継で用いられることの多い株式譲渡ですが、大きく分けて3つの譲渡方法があります。
それぞれのメリット・デメリットも含めて解説しましょう。
生前贈与
生前贈与とは、現在の経営者が存命中に株式を後継者に無償で贈与する方法です。
【生前贈与のメリット】
- 後継者は株式を取得するための資金が不要
- 株式のスピーディーな所有権移転が可能で経営に及ぼす影響が少ない
- 後継者を育成するための時間を確保できる
【生前贈与のデメリット】
- 贈与税の負担がかかる
相続
相続とは、経営者が亡くなった場合にその親族が会社を引き継ぎ、株式を相続する方法です。
【相続のメリット】
- 後継者は株式を取得するための資金が不要
- 贈与税に比べて相続税は負担が小さい
【相続のデメリット】
- 相続させたい家族や親族がいる場合は遺言状が必要
売買
売買とは、経営者が後継者に対して株式を売却する方法です。
生前贈与や相続は無償で株式を譲渡しますが、売買の場合は有償での譲渡となります。
【売買のメリット】
- 現経営者は株式の売却益を得られる
- 生前贈与や相続に比べると相続人同士によるトラブルに発展しにくい
- 家族や親族以外にも事業承継ができる
【売買のデメリット】
- 譲渡所得税の課税対象となる(税率20.315%)
- 後継者は株式を取得するための資金が必要
- 後継者は贈与税の課税対象となる場合がある
関連記事:M&Aとは?概要や流れ、メリットなどについて徹底解説
事業承継における株式譲渡に関わる税金
事業承継においてはさまざまな税金が課税対象となる場合があり、事前に税制を把握しておくことが大切です。
株式譲渡にあたって生じる税金は以下の3つがあります。
譲渡所得税
個人が株式を売買・譲渡した場合、譲渡益に対して所得税が課税され、これを譲渡所得税といいます。
譲渡益は以下の計算式で算出します。
譲渡益=株式の譲渡価額−(株式の取得価額+取得に要した費用+手数料)
譲渡所得税の税率は20.315%であり、上記の計算式で求めた譲渡益に対して税率を掛けた金額を譲渡所得税として納付します。
譲渡所得税=譲渡益×20.315%
相続税
経営者が亡くなった場合にその親族が会社を引き継ぎ、株式を相続する場合には相続税が課税されます。
相続税では基礎控除額が設定されており、相続した財産の額がこれよりも大きい場合には以下の表をもとに相続税を算出します。
相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
法定相続分に応じた財産の取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | — |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円以上 | 55% | 7,200万円 |
贈与税
経営者が存命中に株式を後継者に無償で贈与した場合には、贈与税が課税されます。
贈与税も基礎控除額と財産の額に応じた税率が設定されていますが、「贈与者」、「受贈者」の関係性によっても変わります。
今回は父母や祖父母から財産を贈与された場合に適用される「特例贈与財産」のケースでご紹介しましょう。
贈与税額=(受け取った財産−基礎控除110万円)×贈与税率−控除額
基礎控除後の財産の合計額 | 贈与税率 | 控除額 |
200万円以下 | 10% | なし |
400万円以下 | 15% | 10万円 |
600万円以下 | 20% | 30万円 |
1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
4,500万円超 | 55% | 640万円 |
関連記事:M&Aの目的を買い手・売り手の両視点から解説!課題やポイントも紹介
事業承継における株式譲渡の特例と節税効果について
後継者不足が叫ばれる中小企業が多い中で、事業承継のハードルを下げスムーズに引き継ぐことを目的に、事業承継税制とよばれる制度が運用されています。
この税制は、後継者が会社の株式を取得した際にかかる税金の納税を猶予あるいは免除する制度です。
事業承継税制では2018年から特例措置が設けられましたが、従来の制度とどういった違いがあるのでしょうか。
全ての株式が対象
通常の事業承継税制では、株式譲渡の対象となるものは発行済議決権である全ての株式の2/3までと定められていました。
しかし、特例事業承継税制では全ての株式に拡充されています。
納税猶予額の拡大
通常の事業承継税制の場合、株式譲渡の際に猶予される納税額の割合は相続税が8割、贈与税が100%となっていました。
しかし、特例事業継承税制では相続税・贈与税がともに100%へと拡充されています。
雇用確保要件の緩和
特例事業継承税制によって雇用確保要件も大幅に緩和されています。
通常の事業承継税制では、5年間で平均8割以上の雇用確保を維持しなければなりませんでしたが、特例措置により実質的に撤廃され、雇用維持が不可能な理由を各都道府県に届け出ることにより納税猶予は継続されます。
事業承継における株式譲渡の流れ
株式譲渡によって事業承継を行う場合、どういったプロセスを進めていけば良いのでしょうか。
事前準備
事前準備を入念に行うことが事業承継の成功を左右するといっても過言ではありません。
具体的には、なぜ事業承継を行うのか目的を明確化し、後継者候補の選定と育成計画を策定しておきます。
また、現在の経営状況や財務状況を確認し、事業承継を進めるにあたって法務や税務といった面でのリスクがないかを洗い出すことも重要です。
株式譲渡の決定
次に、どのような方法で株式譲渡を行うのかを比較・検討します。
先述の通り、株式譲渡には生前贈与、相続、売買の三つの方法があり、それぞれのメリット・デメリットを検討し、自社に最も適した方法を選択することが大切です。
事前相談と手続き
M&A仲介を専門に行っている業者や、弁護士、税理士、公認会計士などの専門家へ事前に相談を行い、必要書類や必要な手続きなどを行います。
一般的には以下のような書類が必要となるケースが多いですが、経営体制や事業内容、事業規模などによっては追加の書類が求められる可能性があります。
- 株式譲渡承認請求書
- 株式名義書換請求書
- 株主名簿 など
また、株主総会や取締役会などにおいて事業承継計画の承認が必要となるケースもあります。
株式譲渡契約の締結
次に、株式譲渡契約の締結に進みます。
ここでは株式譲渡契約書とよばれる正式な書類を作成し契約を交わすため、専門家の立ち会いのもとで進めるケースが多いです。
株式の名義変更
正式な株式譲渡契約が完了したら、株主の名義を現在の経営者から後継者へと変更します。
株主名簿の更新はもちろんですが、株主に対して株式譲渡を行った旨を知らせる通知書なども作成します。
税務申告
株式譲渡に伴い譲渡所得税や相続税、贈与税などの納付が必要となった場合には税務署への提出書類を準備し、期限内に提出・納付します。
事務手続きのミスや認識の違いによって税務リスクが生じる可能性もあることから、税務申告においても専門家へ相談・確認しておくことが重要です。
事業承継後のフォローアップ
事業承継の一連のプロセスが完了した後も、継続的なフォローアップが重要です。
後継者による経営の引き継ぎを実行することはもちろんですが、定期的に経営状況を確認し、発生した問題や経営課題に対して適切に対処しなければなりません。
前経営者からのサポートや助言を受けられる環境であれば、必要に応じて事業承継計画の修正や調整を行うことも検討してみましょう。
まとめ
後継者不足が深刻化する中小企業において、早い段階で事業承継を検討しておくことは安定的に経営を引き継ぐ意味でも重要といえます。
さまざまな方法が選択できる事業承継ですが、特に株式譲渡は事務的な手間が比較的少なく、多くの企業で用いられています。
現在では相続税や贈与税といった税負担を軽減する措置も用意されているため、この機会に事業承継を少しずつ検討してみるのもおすすめです。