事業の引き継ぎを検討するうえで「事業譲渡と会社分割のどちらを選べばよいのかわからない」という人もいるでしょう。
いずれも自社の事業をほかの会社へ承継する手法ですが、契約や税金、許認可などあらゆる面において違いがあります。
本記事では、事業譲渡と会社分割の違いやどちらを選択すべきかについて解説します。
それぞれのメリットやデメリットも紹介するため、事業の引き継ぎを考えている経営者の人は参考にしてください。
事業譲渡と会社分割の概要について
事業譲渡と会社分割は、どちらも特定の事業を別の会社に引き継ぐ手法を指します。
事業譲渡と会社分割の違いを理解するには、それぞれの大まかな意味を理解することが大切です。
以下では、事業譲渡と会社分割の概要について解説していきます。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、資産の一部あるいはすべてを売買するM&A手法のことです。
人材やノウハウ、ブランドといった事業に関する資産のなかから、売買したい資産のみを選んで譲渡します。
この手法は「事業を引き継ぐための適切な人材がいない」「不要となった事業を売却したい」などのケースでよく用いられます。
売り手側の会社が事業譲渡の手続きを開始してから、承継会社に資産を引き渡すまでにかかる期間は、円滑に進めば3ヶ月、長引けば12ヶ月以上です。
事業譲渡では、承継会社の選定や交渉だけでなく、秘密保持契約書の締結や株主総会の開催など、複数の手続きが求められます。
会社分割とは
会社分割とは、会社を事業ごとに切り分けてほかの会社に引き継ぐ手法です。
買い手側の会社からすると、新たな事業をスムーズに進めたい場合は会社分割が向いているでしょう。また、売り手側の会社としては事業を整理できるため、会社のスリム化を図りたい場合にも適しています。
会社分割には、吸収分割と新設分割の2種類があります。吸収分割とは、既存の会社の資産を別の会社に承継する手法のことです。現金の代わりに株式を対価にできるため、現金の調達なしで進められます。
一方、新設分割とは、新たに設立した会社に資産を承継する手法です。この手法は、新設会社の設立前に許認可の取得ができません。そのため、新規事業の開始までに時間がかかることが難点といえるでしょう。
吸収分割の場合は、引き継ぎ先の会社が事前に許認可を取得できるため、手続きの直後から事業を開始できます。
事業譲渡と会社分割の違い
事業譲渡と会社分割は、いずれも会社の資産やノウハウなどを承継する手法であるため、混同して理解しないように注意しましょう。
以下では、事業譲渡と会社分割の違いについて詳しく解説します。
株主総会における特別決議
事業譲渡は、売買契約に基づいた手法であるため、株主総会における特別決議を必要とします。
特別決議とは、議決権の過半数を有した株主が出席し、議決権の3分の2以上の賛成が求められる決議のことです。
事業譲渡の効力が発生する前日までに、特別決議にて契約の承認を得る必要があります。
一方で、会社分割は組織再編行為であるため、特別決議を必要としないケースがあります。
債権者の個別同意
事業譲渡では債務を継承させる際に、債権者一人ひとりの同意を得る必要があります。
一方で、会社分割は組織再編行為であるため、包括的に資産が承継されることに伴い、債権者保護手続きが必要です。債権者の個別同意は不要ですが、事前開示書類・事後開示書類を用意しなくてはなりません。
会社分割は事業譲渡と比べると、手続きに時間がかかる傾向にあります。
取引先との契約関係
事業譲渡と会社分割では、取引先との契約関係が異なります。
事業譲渡を進める場合、売り手側と買い手側の会社で契約の再締結が必要です。
契約の際は、承継する事業とその対価を取り決めます。事業譲渡は、承継の規模が大きいほど手続きの労力が増えることが難点といえるでしょう。
一方で会社分割は包括的に引き継ぎが行われるため、取引先との契約は原則として自動的に引き継がれます。
事業譲渡のメリット・デメリット
事業譲渡にはメリットだけでなくデメリットも存在します。
手続きを進める前に、事業譲渡にはどのような特徴があるのか確認しておきましょう。
以下では、事業譲渡におけるメリット・デメリットを3つずつ解説します。
メリット①譲渡により資金を得られる
事業譲渡によって、売り手側の会社が売却の利益を得られる点がメリットです。
新規事業の参入に必要な資金を確保するために、事業を売却するケースも多くあります。
将来を考えると事業譲渡による売却価格は、現在の帳簿価額より大きな利益が期待されます。これは、今後数年以内の発生が予想される営業価値が、帳簿価額に上乗せされる可能性があるためです。
事業譲渡により発生した利益を活用すれば、事業の拡大や新たなビジネスの開拓につながるでしょう。
メリット②優秀な人材や残しておきたい事業を維持できる
売却したい事業を選んで承継できる点も、事業譲渡のメリットとして挙げられます。
経営の安定化を図るには、問題のある事業を切り離すことが大切です。事業譲渡であれば特定の事業のみを引き継ぎ、譲渡対象外の事業に集中できます。
その結果、会社に残しておきたい事業や優秀な人材・資産を確保しながら、事業の拡大を目指せるでしょう。
事業譲渡で得た利益は、ほかの事業に充てられるため、新しい事業への投資を検討している人にとっても大きなメリットとなります。
メリット③後継者不足を解消できる
後継者不足を解消できる点も、事業譲渡のメリットとして挙げられます。
会社の資産を承継する人材がいないことを理由に、事業の存続が難しくなる場合、事業譲渡であればほかの会社へ売却が可能です。親族や従業員のなかに後継者がいなくても、外部で優秀な人材を確保できます。
自社のサービスや商品を引き継いだうえで、事業譲渡による資金が手に入る点もメリットといえるでしょう。また後継者不在による廃業の防止につながり、従業員の雇用を守れます。
デメリット①権利義務の個別同意が必要
事業譲渡では、売掛金を譲渡する場合、債権者ごとに売り手から買い手へ権利が承継されたことに対する同意が必要です。
従業員の引き継ぎに関しても、1人ずつ同意を得る必要があります。
同意を得るべき従業員や取引先が多い場合、完了までに大幅な時間がかかってしまう可能性がある点に注意が必要です。事業における重要人物からの同意を得られず、優秀な人材が社外へ流出してしまうリスクも考えられるでしょう。
事業譲渡を進める際は、従業員の待遇について承継先の企業と事前に話し合っておくことが大切です。
デメリット②消費税の対象となる
事業譲渡は売買取引であるため、消費税の対象となる点もデメリットです。
譲渡資産に消費税を課すべき資産が含まれていると、課税資産額に対して10%の消費税(2023年7月時点)が課税されます。消費税考慮後の金額を引き継いだ後の事業で回収するため、投資回収期間が延びてしまうことも難点といえるでしょう。
事業譲渡で発生する消費税は、売り手側の会社が申告や納付の手続きを行う必要があります。そのため、あらかじめ節税対策について確認することが大切です。
デメリット③まとまった資金が必要になる
買い手側の会社がまとまった資金を用意しなければならない点も、事業譲渡のデメリットとして挙げられます。
売り手側の会社と直接的な取引を行い、原則として引き継ぐ事業の対価を現金で支払わなければなりません。
承継の対象となる事業の内容や条件によって金額が異なりますが、譲り受ける事業の規模が大きいほど高額になってしまいます。十分な資金を確保するために、借入といった措置が必要となるケースもあるでしょう。
会社分割のメリット・デメリット
事業譲渡と同じように、会社分割にもメリットとデメリットが存在します。
手続きの失敗を防ぐためにも、あらかじめ確認しましょう。
以下では、会社分割のメリット・デメリットを3つずつ解説します。
メリット①容易に承継できる
会社分割は事業譲渡と比べると、承継の手続きが簡単である点がメリットです。
資産・債務・契約などを、引き継ぎ先の会社へ包括的に承継できます。
事業譲渡の場合、従業員の引き継ぎについて個別の同意が必要です。一方で会社分割では、従業員一人ひとりから同意を得る必要がありません。
引き継ぎに要する時間を抑えられるため、スピーディーに手続きを完了できます。一部を除いた許認可も引き継げるため、「新たな事業をすぐにスタートしたい」「事業を効率的に拡大させたい」という場合におすすめの手法といえるでしょう。
メリット②税負担が少ない
会社分割は、事業譲渡と比べると税金の負担が少なくなる点もメリットです。
会社分割で包括的に事業を受け継ぐ場合、組織再編行為にあたるため、取引そのものが消費税の課税対象とはなりません。
特定の要件を満たしている場合、譲渡損益・配当金は計上されず、所得税や法人税が課税されない可能性があります。なお複数の要件があるため、専門家のサポートを受けながら確認するとよいでしょう。
メリット③新規事業参入へのハードルが低い
新規事業への参入に対するハードルが低い点も、会社分割を行うメリットです。
会社分割は事業ごとに会社を分割する手法であるため、他の業種との提携を図りやすくなります。自社で対応しきれない業種も、他業種と連携することでスムーズに対応できるでしょう。
会社によっては従来の経営方針を重要視するあまり、事業の拡大が進まないケースがあります。しかし、会社分割は、新たな考え方を取り入れるきっかけとなるため、企業力の強化にもつながるでしょう。
デメリット①財務・税務手続きに時間がかかる
財務や税務の手続きに時間やコストがかかりやすい点が、会社分割におけるデメリットです。
財務と税務の手続き自体が複雑ですが、多数の事業に取り組む会社を切り離して独立させることで、手続きがさらに複雑化する可能性があります。財務と税務の手続きに対して、これまで以上に多くの時間を費やさなければなりません。
手続きに不備がある場合、不正会計とみなされるケースもあります。リスクを回避しながら、円滑に手続きを進めるには、専門家への相談が必要不可欠といえるでしょう。
デメリット②承継会社の株価が下落する
引き継ぎ先の会社の株価が下がる点も、会社分割のデメリットです。
引き継ぎ先の企業が、引き継ぎを行う事業の対価として新株を発行した後、分割企業もしくは分割企業の株主に交付します。
新株を発行した際、発行した株式の総数が増える点に注意が必要です。引き継ぎ先の企業の株価が下がり、経営層や株主から不満の声が発生する可能性があります。
そのため、株価が下がるリスクを想定したうえで、会社分割の手続きを進めるようにしましょう。
デメリット③債務を引き継ぐ必要がある
会社分割は、債務を受け継ぐ必要がある点もデメリットです。
引き継ぎ先の会社は資産を包括的に承継しますが、資産と同時に負債も受け継ぐ必要があります。
また、会社分割の手続きを行う際は、簿外債務にも注意しなくてはなりません。簿外債務とは、貸借対照表上には書かれていない債務のことです。
簿外債務が発生している場合は、引き継ぎ先の会社も思いがけない負債を抱えるケースがあります。
簿外債務は企業価値に影響が及ぶため、会社分割の手続きを始める前に確認することが大切です。
事業譲渡と会社分割はどちらを選択すべき?
事業譲渡と会社分割のどちらを導入すべきかわからない場合は、それぞれがどういったケース・目的に適しているのか、理解することが大切です。
以下では事業譲渡・会社分割を選ぶポイントについて、双方の特徴を踏まえながら解説します。
事業譲渡を選ぶポイント
売り手側の会社がすぐに現金を手に入れたい場合、事業譲渡がおすすめです。
経営が不安定な会社であれば、売却によって得た資金を会社の再建に活用できるでしょう。また事業を維持できるため、従業員が職を失う心配がありません。
買い手側が負債を引き継ぎたくない場合も、事業譲渡が適しています。受け継ぎたくないものは承継の対象から省けるため、リスクを減らしたうえで新たな事業に取り組むことが可能です。
会社分割を選ぶポイント
売り手側の会社が、手続きの労力や時間をなるべく減らしたい場合は、会社分割を選ぶとよいでしょう。
会社分割は事業を包括的に承継するため、事業譲渡のように手続きを個別に進める必要がありません。スムーズな手続きが実現しやすい点も、会社分割の特徴です。
買い手側の会社にとっては、グループ企業内で承継できるというメリットがあります。
売り手側の会社は、特定の事業のみを別の会社へ譲渡できるため、残りの事業に集中して取り組むことが可能です。
グループ内の合併や再編などの代替措置として、自社の方針に合わせて利用できるでしょう。
まとめ
事業譲渡と会社分割は、どちらも事業を引き継ぐ際に用いられる手法ですが、手続きの進め方や税金の取り扱いなど細かい部分に違いがあります。
スムーズに引き継ぎを行うには、それぞれのメリット・デメリットを理解することが大切だといえるでしょう。
「事業譲渡と会社分割の違いについてもっと詳しく知りたい」「選んでから後悔しないか不安」などとお悩みであれば、専門家への相談がおすすめです。
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