会社の経営権を新たな経営者に引き継ぐことを「事業承継」とよびますが、これにはさまざまな方法があります。
中でも多くの企業で採用されているのが株式譲渡とよばれる方法です。
本記事では、事業承継における株式譲渡の概要やプロセス、気になる税金のルールなどもあわせてご紹介します。
目次
事業承継における株式譲渡とは
株式譲渡とは、会社の株式を他の個人や法人に譲渡することで経営権を移転する方法です。
事業承継においては、経営者が保有している株式を親族や従業員に譲渡するパターンもあれば、外部の第三者へ譲渡するパターンもあります。
株式譲渡は数ある手法の中でもスムーズに経営権を引き継げるメリットがあり、特に中小企業においては事業承継の中心的な手段となることが少なくありません。
譲渡する株式の対価は自由に設定することができ、無償で譲渡することも可能です。
ただし、株式譲渡にあたっては税務や法務のさまざまな手続きが必要であるため、税理士や弁護士、司法書士といった専門家のサポートを受けながら一連のプロセスを進めていくのが一般的です。
事業承継における株式譲渡の方法
事業承継を目的とした株式譲渡にはいくつかの方法があります。それぞれの概要と特徴をご紹介しましょう。
売買による譲渡
売買による株式譲渡とは、株式を現金で売買する方法です。事業承継においては、現経営者が後継者に対して株式を売却し経営権を移転します。
売買による株式譲渡は取引条件が明確で、双方が合意する価格によって譲渡できる点が大きな特徴といえるでしょう。
ただし、売却に伴っては多額の資金が必要になったり、税務上の負担も生じたりすることもあります。
生前贈与
生前贈与とは、現経営者が存命中に自社の株式を後継者に無償で譲渡する方法です。
特に親族内承継で用いられるケースが多い傾向にあります。
生前贈与の場合、後継者は株式を取得するための資金を準備する必要はありませんが、取得する会社の規模によっては多額の贈与税が課税される可能性もあります。
税負担が生じるデメリットはありますが、現経営者のもとで計画的に事業承継を行いたい場合において生前贈与は有効な方法といえるでしょう。
相続による贈与
相続とは、現経営者が亡くなった後に相続人へ株式が譲渡される方法です。
生前贈与と同様に後継者は資金を準備する必要がないほか、生前贈与に比べると相続税の基礎控除額が大きいため税負担も抑えられます。
ただし、相続人が複数いる場合には相続のトラブルが生じるリスクもあり、これを避けるためにも遺言書の作成や事前の話し合いが求められます。
第三者割当増資
第三者割当増資とは、企業が新たに株式を発行し、特定の第三者に割り当てる方法です。
事業承継においては経営を引き継ぐ外部の企業に対して新株を発行することにより経営権を移転することができます。
第三者割当増資は企業の資金調達と事業承継を同時に行えるメリットがありますが、既存の株主の持ち分や株式価値が希薄化するリスクもあります。
関連記事:事業継承における株式譲渡とは?メリットや成功に近づけるポイントを解説
事業承継における株式譲渡の手順
株式譲渡による事業承継を行う場合、企業はどういったプロセスを経る必要があるのでしょうか。大まかな5つのステップに分けてご紹介します。
1.株式譲渡承認請求
株式譲渡承認請求とは、買い手企業が売り手企業に対し、株式譲渡の承認可否を求める書面です。
原則として会社の株式は自由に売買・譲渡できますが、安定した会社経営を行うために一部の非公開会社の株式に対して譲渡制限がかけられている場合があります。
このような制限のかかった株式を買い手が取得する際には、事前に株式譲渡承認請求を提出しなければなりません。
2.取締役会・株主総会での承認
株式譲渡承認請求を受け取った売り手企業は、取締役会で株式譲渡の可否を判断します。
取締役会を設置していない企業の場合は、株主総会を実施し判断を仰ぐ必要があります。
3.株式譲渡契約の締結
株式譲渡に関する承認が可決されたら、譲渡金額や取引に関する条件を取り決めたうえで「株式譲渡契約書」を作成します。
契約書には譲渡日や譲渡する株式数、譲渡価格、決済の方法、譲渡の条件、保証事項なども記載する必要があります。
法的拘束力をもつ重要な書類であるため、弁護士や司法書士などの専門家立ち会いのもとで書類作成および契約を進めることが一般的です。
4.株主名簿の書き換え
株式譲渡契約が正式に締結された後は、株主名簿の書き換えが行われます。
株主名簿とは株主の氏名や住所、保有株式数などが記載されたリストのことで、株式を発行している会社が作成します。
そのため、株式譲渡にあたっては株式の譲渡人と譲受人が共同で会社に対して書き換えの請求を行う必要があります。
5.決済の手続き
最後に、株式譲渡契約書に記載した方法で決済を行います。
株式譲渡の場合、基本的に現金一括で決済を行うケースが多いですが、決済のタイミングは契約締結と同時期または一定の期間内に行われます。
決済のタイミングが遅くなるほどトラブルのリスクが高まるため、遅くとも1〜2か月程度の期間内に決済を完了しておく必要があります。
関連記事:事業継承(事業承継)の手続きの流れとは?必要となる書類や税金について
事業承継における株式譲渡で発生する税金
事業承継で株式譲渡を行う場合、特に注意しておかなければならないのが税金です。
どのような税金がかかるのか、納税額を把握しないまま株式譲渡を行ってしまうと、後日多額の税金が請求され資金計画に狂いが生じる可能性もあります。
今回は、譲渡する側(売り手)と譲渡される側(買い手)に課税される税金に分けて解説します。
譲渡する側が負担する税金
株式を譲渡する場合、以下のように個人と法人で課税される税金が異なります。
個人
個人が保有する株式を譲渡し利益を得た場合には、譲渡益に対して以下の税金が課税されます。
所得税・復興特別所得税:15.315%
住民税:5%
事業所得や給与所得の場合、所得税や住民税は所得金額に応じて税率が変わりますが、株式譲渡の利益に対しては事業所得や給与所得と切り離したうえで(分離所得)、一律の税率が設定されています。
上記のうち、所得税および復興特別所得税は確定申告を行ったうえで納税する必要があります。
法人
個人ではなく法人名義で株式の譲渡益を受け取った場合には法人税が課税されます。
法人税:30〜35%
個人の場合、株式の譲渡益は分離所得として計算されますが、法人税の場合はその他の事業所得と合算され(総合課税)、税率も一律ではありません。
譲渡される側が負担する税金
本来の株価よりも安い価格で株式を買い取る、もしくは無償で受け取る場合には、相続税が課税される場合があります。
相続税には基礎控除額が設定されており、以下の数式によって算出できます。
相続税基礎控除額=3,000万円+法定相続人数×600万円
たとえば、法定相続人が1人の場合は3,000万円+600万円の合計3,600万円が基礎控除額となります。
ただし、基礎控除額は株式以外にも現金や不動産などの資産も対象に含まれます。
取得した株式が3,600万円以下であったとしても、その他の資産の合計額が基礎控除額を上回る場合には以下の税率に沿って相続税が課税されることになります。
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | - |
1,000万円超から3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
3,000万円超から5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
5,000万円超から1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超から2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
2億円超から3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
3億円超から6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
事業承継における株式譲渡で節税が可能になる特例とは?
事業承継を目的に、家族や従業員、あるいは第三者に対して株式譲渡を行いたいと考えているものの、高額な税金がネックとなり頭を悩ませている経営者も少なくありません。
そのような場合におすすめなのが、さまざまな税制優遇措置です。
相続時精算課税制度
相続時精算課税制度とは、2,500万円(特別控除)までであれば贈与税が非課税のまま受け取ることができる制度です。
また、贈与者が亡くなった際には、贈与財産と相続財産の合計金額から相続税額を算出し相続税として納税します。
2024年1月からは新たに年間110万円の基礎控除が追加されており、相続財産に加算されることもありません。
この制度を活用すれば、生前贈与として株式譲渡による事業承継がしやすくなります。
事業承継税制
事業承継税制とは、事業承継を目的として贈与や相続によって株式譲渡を行う際に贈与税や相続税が免除または猶予される制度です。
なお、事業承継税制は以下の要件を満たす必要があります。
【会社】
- 中小企業に該当すること
- 従業員が1名以上在籍していること
- 上場企業や資産管理会社等に該当しないこと
【前経営者】
- 会社の代表者であったこと
- 相続開始または贈与の直前まで総議決権数の過半数を保有し筆頭株主であったこと
- 贈与後に代表者を退任していること(贈与の場合)
【後継者】
- 贈与または相続に伴い、前経営者と同族関係者で発行済み議決株式総数の50%以上を保有し筆頭株主になること
- 贈与を受ける直前まで3年以上役員であったこと
- 贈与を受けるタイミングで代表取締役に就任すること
- 相続開始の時点で役員であり、かつ5か月以内に代表取締役に就任すること
【制度適用後】
- 事業承継税制の適用後、5年間は後継者が代表取締役かつ筆頭株主であること
- 事業承継税制の適用後、5年間は後継者が制度の対象となる株式を保有すること
- 事業承継税制の適用後、5年間の平均で8割以上の雇用を維持すること
- 事業承継税制の適用後、5年間は資産保有型会社等、上場会社、風俗営業会社等に該当しないこと
- 年次報告を都道府県知事へ毎年提出すること
- 継続届出書を税務署へ毎年提出すること
非課税贈与
生前贈与によって事業承継を行う場合、上記でご紹介した相続時精算課税制度以外にも「非課税贈与」という選択肢があります。
そもそも贈与税は、年間110万円の基礎控除額が設定されており、贈与額がこの金額以下であれば非課税となります。
1年に贈与する株式を110万円以下に設定しておき、それを複数年にわたって継続的に贈与すれば確定申告などの面倒な手続きも不要です。
事業承継における株式譲渡は従業員にどのような影響があるか
株式譲渡によって事業承継を行う場合、経営者にとって大きな不安材料となるのが会社に残された従業員への影響ではないでしょうか。
雇用はそのまま引き継がれる
株式譲渡によって会社の経営者が変わった場合でも、従業員の雇用はそのまま引き継がれるケースが一般的です。
特に昨今は深刻な人手不足が続いており、即戦力となる人材は何としてでも守りたいと考える経営者が少なくありません。
従業員の中には雇用維持に不安を覚えるケースも多いことから、譲受者に対して雇用継続の意思を確認したうえで、従業員の不安を解消するためのコミュニケーションを取っておくと良いでしょう。
雇用条件は変更となる可能性がある
事業承継のタイミングで、新しい経営者が今後の経営方針や事業戦略を見直すこともあります。
その結果、従業員の雇用自体は維持されるものの、雇用条件が変更される可能性は十分考えられるでしょう。
たとえば、給与や福利厚生はもちろんのこと、労働時間や休日などもその対象に含まれます。
従業員にとってメリットの大きい条件変更であれば問題ありませんが、デメリットとして捉えられるような雇用条件に変更する際には、経営者は従業員に対して丁寧な説明を行い理解を得る必要があります。
企業文化や職場環境の変化
事業承継によって経営者が変わると、企業文化や職場環境が大きく変化することもあります。
従業員の中には急激な環境の変化に戸惑い、適応できずに悩むケースも出てくるでしょう。
事業承継がきっかけで退職者が増えないよう、従業員が円滑に新しい環境に慣れるようサポートをしたり、コミュニケーションの機会を設けたりすることも大切です。
まとめ
事業承継において株式譲渡は幅広く利用される手法であり、大企業はもちろん中小企業においても有力な選択肢となります。
特に家族や親族が中心となって経営している企業の場合、相続や生前贈与によって株式譲渡を行うケースが少なくありません。
身内での事業承継は円滑に進められるイメージがありますが、相続や贈与では税金の支払い義務も生じるためしっかりとルールを把握しておく必要があります。
事業承継に関する専門的なノウハウや知識がなく不安に感じている方は、コンサルタントや弁護士、税理士といった専門家のサポートを受けることも検討してみましょう。