これからの時代に企業が存続・発展するには、後継者に経営を託す「事業承継」が必要不可欠です。
しかし、特に日本企業の大半を占める中小企業では経営者の高齢化が進み、後継者問題が深刻となっています。
こうした状況を受けて、中小企業庁が策定したものが「事業承継ガイドライン」です。
本記事では、中小企業庁の事業承継ガイドラインとは何か、基礎知識から2022年の改訂内容まで解説します。
目次
中小企業庁の事業承継ガイドラインとは
まずは、中小企業庁の事業承継ガイドラインに関する基本事項を整理しましょう。
事業承継の概要から、事業承継ガイドラインの必要性まで解説します。
そもそも事業承継(事業継承)とは
そもそも事業承継とは、企業の経営権を後継者に引継ぐことです。
あらゆる経営者にいつかは必ず訪れるリタイアに備えて、企業を未来につなげるための重要なプロセスといえます。
特に、経営者の高齢化が進む日本の中小企業においては、事業承継の成功に向けた取り組みが急務となっています。
似た言葉に「事業継承」がありますが、事業承継とおおよそ同義と考えて構いません。ただし、事業承継のほうが思想や文化など、より抽象的な概念にフォーカスして使われる傾向があります。
事業承継ガイドラインとは
日本経済の土台を支える中小企業において、事業承継は欠かせません。しかし実際には、多くの中小企業経営者が後継者探しに頭を抱える現状があります。
そこで中小企業庁は、2006年に事業承継ガイドラインを策定しました。
事業承継ガイドラインとは、円滑な事業承継の実現を後押しするガイドラインです。
事業承継にあたって有用な情報が集約されており、多くの中小企業経営者に道筋を与える重要な文書と位置づけられています。
事業承継ガイドラインは、初版が策定されてから約16年が経った2022年にも改訂が行われました。改訂内容は後述しますが、今もなお事業承継ガイドラインは重要な意味を持つ文書といえます。
なぜ事業承継ガイドラインが必要なのか
中小企業の経営者が事業承継を行う際は、事業承継ガイドラインに沿って確実に取り組みを進めていくことで成功率を高められます。正しい道筋を把握しないまま事業承継の取り組みを進めても、成功させることは難しいでしょう。
中小企業が事業承継を実現できない場合には、次のようなリスクが懸念されます。
- 廃業に伴う負債や雇用喪失
企業を引継ぐ人材がいなければ、廃業することになってしまいます。廃業にあたっては、在庫や設備などの処分コストがかさむうえに、借入金・未払金への対応も必要です。債務を返済しきれない場合、経営者が借金を抱えるケースもあるでしょう。また、雇用を維持できないため、従業員は職を失うことになります。
- GDP低下による国力の衰退
財務局の「事業承継問題にかかる現状と課題」によると、事業承継問題が解決できない場合、約22兆円もの国家的なGDP(国内総生産)の損失が生じると試算されています。GDPが大きく低下すれば、国力の衰退は免れません。事業承継は自社だけでなく、国の将来を左右する取り組みであることを念頭に置くべきです。
(引用元:財務局|事業承継問題にかかる現状と課題)
なお、事業承継の問題に関して詳しく把握しておきたい人は、次の記事をご一読ください。
中小企業が事業承継ガイドラインを活用するメリット
事業承継ガイドラインを活用することで、多くのメリットが得られます。
中小企業が事業承継ガイドラインを活用するメリットは、主に次の3つです。
- 事業承継の進め方が明確になる
事業承継ガイドラインには、適切な事業承継の進め方が詳しく記載されています。事業承継の知識が少ない経営者でも、正しい手順に沿えば迷わずに進められるでしょう。
- コンプライアンスを遵守できる
事業承継ガイドラインは、日本の行政機関である中小企業庁が策定している信頼性の高い文書です。中身は、法的な配慮が十分に行われた内容が記載されています。そのため、事業承継ガイドラインに沿って進めれば、取り組みにおけるコンプライアンス違反のリスクを減らせるでしょう。 - ベストプラクティスから学べる
事業承継の取り組みに対して、具体的なイメージが湧かない経営者も多いでしょう。その点、事業承継ガイドラインでは多くの成功事例が紹介されています。事業承継ガイドラインを参照することで、他社のプラクティスから学べるのも大きなメリットです。
中小企業庁の事業承継ガイドラインにおける主な内容
ここでは、中小企業庁の事業承継ガイドラインに記載されている主な内容を簡単に紹介します。
事業承継ガイドラインの全体像を把握しましょう。
取り組みの重要性
まず、中小企業が事業承継の実現に向けて取り組むことの重要性が記載されています。
事業承継に関して早期に取り組むべき中小企業でも、経営陣がその必要性を正しく認識していないケースが多くあります。そのため、中小企業が事業承継を実現するうえで、経営陣の意識改革が優先事項です。
また、中小企業の事業承継における現状や、考えられる懸念事項について豊富なデータを交えた内容が記載されています。経営者の高齢化、後継者のいない中小企業の多さ、事業承継の動向など内容はさまざまです。
経営者のみならず、役員や従業員も参照することで、事業承継に対する全社的な意識改革が行えるでしょう。
事業承継の進め方
中小企業の事業承継に向けた進め方について、ステップ形式で紹介しています。
事業承継ガイドラインに記載されている具体的な進め方は、次の5ステップです。
- 事業承継に向けた準備の必要性の認識
- 経営状況・経営課題等の把握(見える化)
- 事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)
- 事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)/M&Aの工程の実施(社外への引継ぎの場合)
- 事業承継・M&Aの実行
要約すると、まず関係者の意識改革から始め、足並みを揃えます。次に、方向性を固めるために現状を把握するプロセスが必要です。把握した現状の経営課題を改善するために、企業を磨き上げていきましょう。
ステップ4については、事業承継の後継者が親族や従業員か、社外の人材かで異なります。前者は事業承継計画の策定、後者は「M&A」の実施に向けた取り組みが必要です。
M&Aは企業間の合併(Merger)や買収(Acquisition)を伴う経営戦略であり、相手企業の経営者へ事業承継する手段として用いられます。こうしたステップを経ることで、初めて事業承継を実現できるでしょう。
種類ごとの課題・対策
事業承継は、承継先によって「親族内承継」「従業員承継」「第三者承継(M&A)」の3種類に分けられます。これら種類ごとの課題や対策が紹介されているため、自社の承継先に合わせて確認しましょう。
親族内承継では、後継者選定・育成の難しさや、贈与税や相続税といった税制への対応などが主な課題です。社内外での並行した教育、納税の猶予・免除制度の適用、といった対策が紹介されています。
従業員承継では、対象となる従業員の意識改革や、株式譲渡を伴う場合の資金調達などが主な課題です。従業員の家族を含む対話的なアプローチ、投資ファンドの活用、といった対策が紹介されています。
M&Aによる第三者承継では、意思決定の難しさや、相手企業との経営統合(PMI)などが主な課題です。M&Aは準備段階から実施後まで幅広いプロセスに対応する必要があるため、M&A支援機関への相談が有力な対策として紹介されています。
なお、事業承継の種類について詳しく把握したい際には、次の記事をご参照ください。
事業承継を円滑にする手法
事業承継の経験がない経営者は、さまざまな問題に直面するでしょう。
事業承継ガイドラインには、事業承継を円滑にする手法が数多く紹介されています。
具体的な手法としては、次の4つが挙げられます。
- 種類株式
「種類株式」とは、発行する株式ごとに異なるルールを設定する手法です。種類株式は、株式譲渡によって事業承継する際に役立ちます。例えば、後継者に議決権のある株式を、ほかの相続者に議決権のない株式を承継することで、議決権の分散を抑制することが可能です。
- 信託
事業承継においては、「遺言代用信託」が有力な選択肢とされています。遺言代用信託は、前経営者が亡くなった場合の承継について、専門の信託会社に委ねる手法です。あらかじめ承継に関して取り決めておくことで、必要となった際にスムーズな事業承継が可能となります。
- 生命保険
前経営者の生命保険の受取人を後継者とすれば、後継者は税制上の優遇が受けられる場合があります。また、生命保険の受取人を自社とすれば、死亡退職金といった支払いに備えた資金確保が可能です。
- 持株会社
後継者が「持株会社」を設立し、自社を子会社化するのも有力な手法です。持株会社は、自社株を取得することで親会社となり、自社からの配当金を前提に金融機関から資金を調達します。調達した資金で前経営者から株式を取得することで、経営権の獲得が可能です。
事業承継をサポートする仕組み
自社だけで事業承継を成功させることは難しいため、サポートする仕組みを活用することが大切です.
事業承継ガイドラインでは、「事業承継診断」や「M&A支援機関」などが紹介されています。
事業承継診断とは、金融機関や商工会議所が経営者との対話を通じて、事業承継に関する診断を行う仕組みです。
またM&A支援機関は、中小企業庁の登録を受けた信頼性の高いM&A支援サービスを指します。
事業承継を成功させるうえで、こうした仕組みを有効活用するとよいでしょう。
2022年に改訂された事業承継ガイドライン(第3版)の要点
前述の通り、事業承継ガイドラインは2022年に第3版として改訂されました。第3版の改訂内容は、大まかに次の3点です。
なお、今後もアップデートされる可能性があるため、随時の確認をおすすめします。
- 掲載データや施策の更新
事業承継に関する状況変化を受けて、掲載データや新規施設に関する情報がアップデートされました。
- 増えている「従業員承継」や「第三者承継(M&A)」に関する説明を充実
従来は親族内承継が特に多かったものの、近年では従業員承継や第三者承継(M&A)が増加しています。それに伴い、従業員承継や第三者承継に関する説明が拡充されました。 - 後継者目線に立った説明
以前は経営者目線の解説がメインでしたが、後継者目線の説明も追加されました。そのため、後継者にとっても価値の高い文書になったといえるでしょう。
事業承継ガイドラインの活用が難しいと感じる場合は
事業承継ガイドラインには有用な情報がつまっているものの、情報量が多いため、全て読むことは大変でしょう。
また、経営者によっては内容が難しいと感じる場合も考えられます。
ここでは、事業承継ガイドラインの活用が難しいと感じる場合の対処法を紹介します。
「事業承継マニュアル」を活用する
「事業承継マニュアル」は、事業承継ガイドラインの内容をイラスト付きでシンプルにまとめた文書です。
事業承継ガイドラインよりも親しみやすく、経営者が気軽に読みやすいでしょう。
事業承継マニュアルで大まかに把握し、事業承継ガイドラインで詳細を確認する、といった使い方も可能です。
「事業承継ガイドライン20問20答」を活用する
「事業承継ガイドライン20問20答」は、Q&A形式で事業承継の「よくある疑問」に回答しているサイトです。よりピンポイントに事業承継の疑問を解決したい際に役立つでしょう。
事業承継の専門家に相談する
最も確実な方法は、事業承継の専門家に相談することです。
事業承継には承継先選びや事前調査、契約手続きなど、専門知識を要する多くのプロセスがあります。
事業承継ガイドラインを参照しても理解が難しいと感じる場合、全てのプロセスを適切に進めることは容易ではありません。
事業承継の専門家であれば、事業承継に関する幅広いアドバイスが受けられます。また、M&Aによる第三者継承を行う場合にも、自社に合った承継先が見つかる可能性は高まるでしょう。
事業承継を確実に成功させるのであれば、自社だけで悩まずプロの力を借りることが重要です。
まとめ
中小企業庁の事業承継ガイドラインとは、円滑な事業承継(事業継承)の実現を後押しするガイドラインです。
経営者の高齢化が進む中小企業においては、事業承継ガイドラインに沿って確実に取り組みを進めていくことが重要となります。
事業承継ガイドラインには、事業承継の進め方や種類ごとの課題・対策など、さまざまな内容が記載されています。かなりボリュームがあるため、難しいと感じる場面も多いでしょう。
事業承継ガイドラインの活用だけで事業承継を成功させられるか不安な場合は、プロに依頼することをおすすめします。
「M&Aベストパートナーズ」は、中小企業庁の「M&A支援機関」としても登録されているM&A・事業承継の専門家です。
事業承継やM&Aを成功させたい経営者は、M&Aベストパートナーズへお気軽にご相談ください。