事業承継税制とは|特例や延長についてわかりやすく解説

中小企業や自営業者では経営者の高齢化が深刻化していますが、事業承継が進まない大きな要因として贈与税や相続税の負担が大きいという問題があります。

このような課題を解決するために、政府では2018年から「事業承継税制」をスタートさせています。

本記事では事業承継税制とはどういった制度なのか、特例措置の内容も含めて詳しく解説します。

事業承継税制とは

事業承継税制とは、事業承継によって後任の経営者が取得した自社株式に対して生じる贈与税および相続税の納税猶予を受けられる税制優遇措置のことです。

また、事業承継税制では一定の要件を満たすことで、猶予された税額が免除されることもあります。

事業承継税制は2009年に創設された制度ですが、2018年には新たに特例措置が設けられ、特例承継計画を提出することにより対象となる株式や猶予される納税割合が拡充されています。

また、これまでは法人を対象として運用されてきましたが、2019年からは個人事業主向けの事業承継税制も新たに拡充されました。

事業承継で発生する税金は2種類

先述の通り、事業承継税制では贈与税と相続税を対象に優遇措置を受けられますが、これらの税金はどういった仕組みで運用されているのでしょうか。

贈与税

贈与税とは、個人間で財産を贈与した場合にかかる税金で、贈る側を「贈与者」、受け取る側を「受贈者」とよびます。

贈与税の支払い義務があるのは受贈者であり、1月1日から12月31日までに受け取った財産の金額をもとに贈与税を算出し、申告および納付をしなければなりません。

事業承継税制では一定の要件を満たすことで贈与税の100%が猶予・免除されます。

なお、事業承継税制の対象となる株式は一般措置と特別措置によって異なり、一般措置の場合は発行済株式総数の3分の2まで、特別措置の場合は全株式が対象となります。

相続税

相続税とは、亡くなった人(被相続人)から財産を引き継いだ際にかかる税金で、財産を引き継いだ人(相続人)に納付義務が発生します。

贈与税と同様に相続税の金額を算出した上で申告・納付が必要です。

事業承継税制では、一般措置の場合は80%、特別措置の場合100%が猶予・免除されます。

また、対象となる株式は贈与税と同様、一般措置の場合は発行済株式総数の3分の2まで、特別措置の場合は全株式が対象となります。

関連記事:事業継承(事業承継)の手続きの流れとは?必要となる書類や税金について

事業承継税制の特例措置となる要件

特別措置の適用を受けることで事業承継税制を最大限活用できますが、どういった要件を満たす必要があるのでしょうか。

先代経営者の要件

会社を次の世代に引き継ぐ立場にある先代経営者は、以下3つの要件を満たしておく必要があります。

  1. 会社の代表者であったこと
  2. 相続または贈与の直前まで、先代経営者個人および親族が総議決権数の過半数を保有する筆頭株主であったこと
  3. 贈与の時点で会社の代表者を退任していること(贈与の場合)

なお、3つ目のポイント「贈与の時点で会社の代表者を退任していること」については、あくまでも代表者の退任が条件であり、代表者以外の役員や従業員として残ることは問題ありません。

後継者の要件

会社を引き継ぐ立場の後継者に求められるのは、以下の5つの要件です。

  1. 相続または贈与の直後から会社の代表者であること
  2. 相続または贈与の時点で、後継者および後継者親族で総議決権数の過半数を保有すること
  3. 後継者親族の中で筆頭株主であること(総議決権数の10%以上の議決権数を保有)
  4. 相続開始の直前に役員であったこと(相続の場合)
  5. 贈与時に18歳以上(2022年3月31日以前の場合は20歳以上)であり、贈与の直前まで3年以上役員であったこと

会社の要件

事業承継税制は全ての企業が利用できる制度ではなく、会社自体が以下の要件を満たしておく必要があります。

  1. 中小企業者、もしくは特例有限会社や持分会社に該当すること
  2. 従業員が1名以上在籍していること
  3. 上場企業・風俗営業会社ではないこと
  4. 資産管理会社に該当しないこと

特定承継計画の提出を済ませている

特別措置を受けるためには、後継者に関する情報や事業計画などを記載した特例承継計画とよばれる計画書を作成し、都道府県知事に提出します。

計画書は記載項目が多く専門的な内容も含まれるため、各都道府県に設置されている認定経営革新等支援機関への相談がおすすめです。

その他の要件

事業承継税制では、以下の要件に該当する場合に税制優遇措置が取り消されることがあります。

  1. 対象となる株式の一部を売却した
  2. 後継者が代表者を辞任した(やむを得ない場合を除く)
  3. 後継者が筆頭株主ではなくなった
  4. 後継者親族の議決権が50%を下回った

関連記事:事業承継と事業継承の違い|使い分けや後継者育成の心得

事業承継税制の節税効果とは

事業承継税制を適用することで、具体的にどの程度の節税効果が見込まれるのでしょうか。贈与税と相続税それぞれのパターンで比較してみます。

贈与税の算出方法

贈与税は以下の計算式に当てはめて算出します。

(受け取った財産−基礎控除110万円)×贈与税率−控除額=贈与税額

贈与税率と控除額は受け取った財産の合計額および「贈与者」、「受贈者」の関係性によっても変わります。

今回は直系尊属(父母や祖父母)から贈与された場合に適用される「特例贈与財産」の表を記載しています。

基礎控除後の財産の合計額贈与税率控除額
200万円以下10%なし
400万円以下15%10万円
600万円以下20%30万円
1,000万円以下30%90万円
1,500万円以下40%190万円
3,000万円以下45%265万円
4,500万円以下50%415万円
4,500万円超55%640万円

上記をもとに、父親から500万円の財産を贈与された場合の例をもとに計算してみましょう。

500万円−110万円(基礎控除)=390万円(基礎控除後の財産の合計額)

390万円×15%(贈与税率)−10万円(控除額) = 48.5万円(贈与税額)

事業承継税制では贈与税の100%が対象となるため、48.5万円分が猶予されることになります。

相続税の算出方法

相続税の算出にあたっては、はじめに以下の計算式に沿って基礎控除を求めます。

3,000万円+(600万円×法定相続人の数)

仮に法定相続人が1名のみであれば、基礎控除は3,600万円、2名の場合は4,200万円という計算になります。

そのため、相続する財産の合計額が上記の基礎控除額を下回っていた場合は相続税の申告および納付は必要ありません。

基礎控除額よりも金額が大きい場合には、以下の表をもとに相続税を算出します。

法定相続分に応じた財産の取得金額税率控除額
1,000万円以下10%
3,000万円以下15%50万円
5,000万円以下20%200万円
1億円以下30%700万円
2億円以下40%1,700万円
3億円以下45%2,700万円
6億円以下50%4,200万円
6億円以上55%7,200万円

「法定相続分に応じた財産の取得金額」は、基礎控除後の金額にあたります。

上記をもとに、父親から子ども1人に対して5,000万円の財産を相続した例をもとに計算してみましょう。

3,000万円+(600万円×1)=3,600万円(基礎控除額)

5,000万円−3,600万円=1,400万円(法定相続分に応じた財産の取得金額)

1,400万円×15%(税率)−50万円(控除額)=160万円(相続税額)

事業承継税制では相続税の80%または100%が対象となるため、一般措置の場合であれば128万円、特別措置の場合は160万円が猶予されることになります。

事業承継税制の特例措置の主な内容とメリット

2018年からスタートした事業承継税制の特例措置について内容を整理するとともに、企業にとってどういったメリットがあるのかをご紹介しましょう。

納税猶予の対象

事業承継税制の特例措置で納税猶予の対象となるのは以下の2つです。

  • 贈与税:100%
  • 相続税:100%(一般措置では80%)

また、対象となる株式は以下の通りです。

  • 対象株式:後継者が取得する全株式(一般措置では発行済議決権株式総数の3分の2が上限)

雇用確保要件の緩和

従来の一般措置では、事業承継した後の5年間は平均8割の雇用を維持しなければならないという要件が設定されていました。

しかし、特別措置ではこれが撤廃され、雇用維持が不可能な理由を各都道府県に届け出ることで納税猶予は継続されます。

対象となる後継者数の緩和

事業承継税制の一般措置では、対象となる後継者は1名に限定されていましたが、特別措置では最大3人までに緩和され、総議決権数が10%以上であれば複数の後継者が対象となります。

関連記事:事業承継とM&Aの違いとは?後継者問題の解決につながる手法や流れを理解しよう

事業承継税制の特例措置延長について

事業承継税制の特例措置は2018年度の税制改正で新設され、あくまでも期間限定での税制優遇措置となります。

しかし、これまで2022年度、2024年度の2度にわたって延長されてきた経緯があり、現時点では2027年12月31日までが適用期間となっています。

※特例承継計画の提出は2026年3月31日まで

この背景には、贈与税や相続税の負担が大きく事業承継そのものが困難になっていることが挙げられます。

特に中小企業では経営者の高齢化が進んでおり、事業承継が進まないと廃業を余儀なくされる企業が増え、雇用環境の悪化や地方経済の衰退を招くおそれもあります。

このような課題をクリアするために特別措置は2度にわたって延長されており、今後も再び適用期間が延びるのかが注目されています。

事業承継税制にデメリットはある?

贈与税や相続税といった税負担を大幅に軽減できる事業承継税制ですが、メリットばかりとは限りません。押さえておきたいデメリットや注意点をご紹介しましょう。

手続きが複雑

事業承継税制の特別措置を適用するためには、各都道府県知事に対して特定承継計画を提出しなければなりません。

書類のフォーマットは中小企業庁のWebサイトで入手できますが、上記でもご紹介した通り記載項目が非常に多く、専門的な内容も含まれることから認定経営革新等支援機関へ相談し助言を受けながら作成する必要があるでしょう。

手続きも煩雑であることから、事業が忙しい方にとってはハードルが高く感じられるかもしれません。

取消事由となるリスク

「事業承継税制の特例措置となる要件」の中でもご紹介した通り、要件によっては税制優遇措置が取り消されるリスクもあります。

特に株式の売却や譲渡が取消事由として該当するため、株式の取引に関しては長期にわたって拘束や制限がかかる可能性があります。

まとめ

事業規模が大きくなるほど事業承継のハードルも上がり、特に贈与税や相続税といった税金の負担は大きくのしかかります。

しかし、事業承継税制を活用することで税負担は大幅に軽減され、事業承継もしやすくなるでしょう。

要件が緩和された特例措置は2026年3月31日までが特例承継計画の提出期限となっているため、できるだけ早めに検討してみることがおすすめです。

著者

MABPマガジン編集部

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