M&Aストーリー M & A Story
JMPサンライズ株式会社

北広島・地域密着型の不動産会社へ。戦略的な事業譲渡に成功

会社名
JMPサンライズ株式会社
業種
不動産業
M&Aで達成した内容
M&Aアドバイザー
黒田 紘章

M&Aに至る背景資格取得と共に職業を変え、向いている不動産事業にたどり着く

M&Aに至る背景
JMPサンライズ株式会社 CEO・代表取締役 羽田好志氏は、会社所在地の北海道北広島市で小中高と学生時代を過ごした。芸能人に憧れ上京を目指し、明治大学に進学。27歳まで著名な俳優の弟子として芸能活動を続けていたが、知人の公認会計士の影響で、日商簿記検定1級と税理士試験の簿記論を取得し、札幌の会計事務所に入所した。そこでは会計事務を6年間経験したが、会計業務は不向きであると感じていた。
そうした最中、知人の経営コンサルタントの呼びかけで、半年間、コンサル会社へ出向。業務で偶然、不動産業が絡んできたため、宅建資格を取得した。本格的に不動産事業に従事する中、相続関係で不動産会計を担当するようになった。やがて縁あって大手不動産会社に入社し、6年間の勤務後、自ら不動産会社を立ち上げるに至った。

社名の「JMPサンライズ」は、「Japan Management Plan/日本経営企画」と「サンライズ」という名の2社を合併したもの。当初は、札幌市東区に会社があったが、自宅が北広島にあったため、地元ということを理由に会社を移転した。市役所の目の前の物件のビルに入居したことから、10年営業後、市からの紹介を受けることにつながった。業績も順調になり売り上げも伸びたことで、2社を合併し、商号を「JMPサンライズ」とした。
また、羽田氏は自らの勉強癖を付けるため、そして「資格を持ち、前向きに生きていれば人生は何度でもやり直せる」との考えの下、資格を取得し続けており、その一環として49歳で「M&Aシニアエキスパート」というM&A関連の資格も取得。不動産においては相続贈与や事業承継に関わる分野だ。

そして2022年3月頃、ある問題が浮き上がる。これまで大きく貢献してきた65歳の従業員が高齢を理由に退職を申し出た。これを機に、新たな人材を迎え入れ、人材育成をしていくために、羽田氏の中では3つの選択肢が挙がった。一つは、会社を大きくし、管理物件も増やしていくために、FC(フランチャイズ)店になること。しかしこの地域では実績がなく、拡大戦略はむずかしいと考えた。またこの先、10年は契約を結ぶ必要があり、重荷になる。二つ目は、羽田氏の実子に事業継承すること。しかし、羽田氏は無理に継承するつもりはなかった。

そこで、三つ目の選択肢として管理物件のM&Aという方法が残った。すでに北広島では一定の信頼を得ていたことで、地域密着型で攻める戦略構想があったのだ。一人退職するとなれば、管理物件は減らさなければ、仲介の営業もできなくなる。事務社員を迎え入れ、羽田氏自身も事務に関与しつつ、営業は自身だけで動ける体制を作ることを計画した。そうして今後、人材を増やしていく受け皿をつくるために、事業譲渡することに決めた。

M&Aの決断元不動産会社の後輩のM&Aアドバイザーを信頼し、譲渡に成功

M&Aの決断
羽田氏がM&Aの選択肢を検討したきっかけは、以前からMABPに、管理物件の譲渡を行っている旨の営業を受けていたことにあった。今回担当となったM&Aアドバイザーの黒田紘章は、偶然にも、羽田氏がかつて勤めていた大手不動産会社の後輩だった。M&A仲介会社からの営業は複数受けていたが、黒田とは不動産関係の話が通じやすかったことが、大きな決め手となった。また、黒田が「聞き上手」であり、客のプライドをへし折ってしまうタイプのコンサルタントとは真逆の性格であったことも大きな理由となった。

羽田氏は、「知り合いの会社に売ろうと思ったこともあったが、何かあったときに結局、自分のところに戻ってきてしまう。」と懸念し、譲渡後は一切、羽田氏が関わることのない、まったく知らない会社が良いと判断した。それもあって、MABPを介して知らない会社を紹介してもらうことを選んだ。「お金を払ってでも管理物件を増やしていこうとするやる気のある、大きい会社であれば、きちんと面倒を見てくれると思いました。」と羽田氏は振り返る。

M&Aを進めるに当たり、羽田氏にとって懸念点はなかった。初めから、黒田から一番に紹介を受けた会社に決めようと思っていたという。その理由について、羽田氏は次のように語る。「黒田さんが会社を十分に選定してくれると思ったからです。依頼した側が相手を信頼していなかったら、依頼してはいけない。連れてきたお客さんのことを気に食わないと言い始めたら、永遠にマッチングしない。
だから今回も、連れてきた会社さんに対して、この会社は気に食わないとは一言も言いませんでした。もちろん、もっといい条件で買ってくれた会社もあったかもしれません。ただ黒田さんに仲介をお願いした以上、連れてきたお客さんと話をするのがベスト。MABPを信用した上で、選ばれた会社にしました。」

その羽田氏のスタンスもあり、話はスムーズに進んだ。譲渡先企業からは「すぐに会いたい」という意思表示があったと黒田は話す。そしてM&Aの評価について、羽田氏は「正直、思ったより高く売ってくれた。不動産業は、ゼロか黒字かどちらかで、全部取られたらゼロという世界なので感謝している。」と話す。

M&Aの振り返りと展望地域密着の不動産会社を目指して

M&Aの振り返りと展望
これからは、さらなる「地域密着の不動産会社」を目指すと、羽田氏は意気込む。何より、学生時代を過ごした北広島は、羽田氏にとって親しみのある地域だ。現在は、管理部門だけでなく、売却や相続相談の数も増加している。北広島には独居老人の数が多いため、そうした人々が家を売るとなれば、介護ニーズも出てくる。そのため、介護の知識を持った上でお客と話をする意向だ。

また、北広島市内で事業を行う人へ投資をしたい考えもある。例えば、学童保育や訪問介護を始めたい人がいれば、同社が訪問介護を卸して、マッチングすれば投資し、うまくいけば会社を売るという構想もある。「今回は、黒田さんのおかげでM&Aがうまくいったので、次の機会には、また黒田さんに頼もうかなと思っています。」と羽田氏は述べる。
近日中には、一般社団法人 空き地・空き家相続相談センターを、羽田氏を会長として立ち上げる予定があり、北広島の業者に声がけして、共に相談事業を行っていく心づもりだ。市役所も賛同してくれているという。

羽田氏個人の今後の計画として、まずは来年の一月に「介護福祉士」の資格試験を受験する予定がある。将来、会社を実子に事業承継させるつもりはない。もし、やめたいと思ったときには誰かに譲渡するか、株主として残って投資をしたいと考えている。そのときには、また黒田にM&Aを依頼する可能性はある、と羽田氏は付け加える。

芸能人への夢は消えてはいないが、新たに小説家になる夢も生まれている。「夢は描き続けます。何事もやってみなければ分かりません。会社を起業する、M&Aをすることもそうですが、想像して『できる・できない』ではなく、まずはやってみる。独立して13年以上経ちますが、失敗は正直、かなりあります。しかし成功は失敗の上に成り立つものです。」そんな羽田氏の次なる目標は「芥川賞」。書いてみなければわからない。その誰も知らない未来のために、今日もペンを走らせる。

M&Aストーリー

M&Aを実施する目的や背景は多岐にわたって存在するため、
ひとつとして同じ案件や事例は存在しません。

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