M&Aストーリー

株式会社ひかりシステム
M&A成約事例

いいところを出しあって、一緒に成長していきたい。

M&Aに至る背景職人集団での後継者育成は、容易なことではない。

M&Aに至る背景
株式会社ひかりシステムの歴史は、半世紀以上前にさかのぼる。1956年、狩野宏氏の父親が群馬県前橋市にてひかり電気商会を創業。その後、有限会社ひかり電気を設立した。そして1991年、株式会社ひかりシステムに組織変更し、同氏が社長に就任する。

創業当時は、いわゆる「町の電気屋さん」だった。創業者は目が悪く、眼鏡をかけても車を運転できる視力がなかったため、自転車で町内をまわり電気工事を行っていたという。彼を車の助手席に乗せ仕事をサポートしていた狩野氏は、このままではいけないな、という危機感を抱いていた。電気設備全般の知識と技術を身につけたうえで広く事業を展開し、もっとたくさんのお客様に喜んでもらおう。そして、いつかは父親を超えるような社長になろう。狩野氏は強い覚悟を持って会社を引き継いだ。

法人化以降は、電気設備業として機械制御系の電気工事を数多く手がけることになる。現場で働く従業員の約8割は、電気工事士などの有資格者だ。積算から設計・施工まで、一連の業務をひとりでこなせるよう、狩野氏は人材育成に力を入れた。プロフェッショナルが力を合わせることによって仕事の質は高まり、お客様の満足度が上がる。自然と指導にも熱が入った。そして、創業者から受け継いだ、従業員のことを仲間だと思い個人として尊重する精神は、今も変わっていない。
M&Aに至る背景
狩野氏は信頼できる仲間に恵まれていた。しかし同時に、社内での後継者育成は容易ではないとも思っていた。従業員の多くが職人で、現場での仕事に没頭している。会社の方向づけを行い、資源を最適分配し、ヒトを動かす。そういった経営の仕事は、彼らには向いていないと感じられたのだ。また一方で、仮に自分の息子を後継者に指名したとしても、年上で経験豊富、しかも職人肌で癖の強い従業員たちを指揮にするのは難しいだろう。「祖父と父が大切に育ててきた会社」に必要以上にとらわれることなく、息子には自分のやりたい仕事をやってほしい、という考えのほうが強かった。

やはり後継者は、社内ではなく社外で探すべきなのか。狩野氏はM&Aを検討するようになる。

M&Aの決断会社の“いいとこ取り”をされることはないか。

M&Aの決断
主要取引銀行には、事業譲渡の引き受け先を探してもらう希望を出していた。といっても、そこまで真剣に考えていたわけではない。いい話があれば、数年先に、程度の認識だった。そもそも、狩野氏のなかでM&Aのイメージはよくなかった。会社を乗っとられるのではないか、という警戒心が、どうしても拭えなかったのだ。縁あってMABPの桶谷祐太と会うことになったときも、最初の質問は「うちの会社の“いいとこ取り”をされる、なんてことはありませんか?」だった。

桶谷は狩野氏の誤解を解き、会社をさらなる成長に導く、前向きで友好的なM&Aの形があることを一つひとつ丁寧に説明していった。次第に狩野氏もM&Aを前向きに捉えるようになる。ただ、この時点でも数年先という認識はまだ変わらない。

譲受企業の候補はいくつか挙がったものの、具体的な話には進展しなかった。そんななか、静岡県に本社を置く株式会社望月工業所から、かなり前向きな回答があった。同社は、医薬・化学・食品・製紙プラント会社を中心に、配管・製缶・機械装置・空調・メンテナンスなど、さまざまな生産設備のサポートを行う会社である。ともに大規模設備工事業を主力とするひかりシステムと望月工業所の事業提携によって、プラント管工事と計装工事の分野で事業シナジーを生み出せるのではないか、という思いが桶谷のなかにはあった。
M&Aの決断
そして2021年4月、望月工業所の代表取締役である望月達也氏と狩野氏とのトップ面談の場が設けられた。望月氏に対する狩野氏の第一印象は、真面目そうな人、だった。自身が職人出身ということもあり、当初は性格や考え方の相違を懸念していたが、話を進めるうちに、その勉強熱心な姿勢に惹かれていき、やがて年下の望月氏に尊敬の念を抱くようになった。

事業の親和性はある。群馬と静岡という、お互いの本社の距離についても、さほど大きな障壁にはならないだろう。むしろエリアが広がることで、より多くのお客様に自社のサービスを提供できる。また、従業員の将来のことを考えても、これほどいい話はないはずだ。なんとなく数年先に、という考えで先延ばしすると、絶好機を逃すことにはならないか。このタイミングで腹をくくろう。桶谷の「私は狩野社長の味方ですから」という言葉も後押しとなり、狩野氏はM&Aの話を前に進めることにした。

M&Aの振り返りと展望違いを受け入れ、新しい会社をつくっていく。

M&Aの振り返りと展望
細かい事項は後々詰めていくとして、早々に両者の事業シナジーを高めていきたい、との考えが望月氏にはあった。また、「事業承継・引き継ぎ補助金」申請のタイミングもあり、M&Aの手続きは狩野氏の想像をはるかに上まわるスピードで進行していく。新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、従業員全員に集まってもらうことは難しく、一人ひとりにこれまでの経緯や今後の展望を説明することになった。

買収監査実施時の資料収集などの実務を担ったのは、狩野氏の妻であり、会社の取締役を務める典子氏だ。望月工業所側の会計士・弁護士から届いた100項目近い質問に回答するための書類を手配し、登記や免許の変更、助成金の申請に奔走した。ちょうど決算月とも重なっていたため、6月・7月は多忙を極めた。これまで会計事務所に外注していた経理業務も、今後は自社内で行うことになる。

株式譲渡契約は交わしたものの、M&Aはまだまだ道なかばだ。望月工業所は平均年齢35歳の若い組織ながら、ISO認証取得経験もある。ITに明るい望月氏からは先般、集客や求人をより強化するために、自社サイト見直しの提案があった。狩野氏にとってそれは、とても新鮮なことだった。会社が違えば、価値観や商習慣も違う。もちろんある程度の共通点があったからこそ一緒になったのだが、それでもまったく同じというわけではない。その違いを受け入れたうえで、新しい会社をつくっていく必要があるのだ。

お互いのいいところを出しあって、一緒に成長していきたい。そして、この先自分が引退することになっても、大切な仲間である従業員たちには望月氏のもとで安心して働き続けてほしいと、狩野氏は切に願う。

お客様プロフィール

お客様プロフィール

株式会社ひかりシステム

代表取締役狩野 宏 氏

1956年、狩野宏氏の父親が群馬県前橋市でひかり電気商会を創業。1885年、有限会社ひかり電気設立。1991年、株式会社ひかりシステムに組織変更し、同氏が社長に就任する。創業当時はいわゆる「町の電気屋さん」だったが、法人化以降は電気設備業として機械制御系の電気工事を数多く手がける。現場職人の約8割が電気工事士などの有資格者で構成されている。資本金1,000万円。従業員14名。群馬県前橋市大友町2-29-11

担当アドバイザー

担当アドバイザー

世の経営者様のために、我が命を燃やす。
次長桶谷 祐太
得意業種
建設
資格
  • 事業承継・M&Aエキスパート
  • M&Aストーリー

    M&Aを実施する目的や背景は多岐にわたって存在するため、
    ひとつとして同じ案件や事例は存在しません。

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