M&Aストーリー
有限会社ティー・エス・メディカル
M&A成約事例
来局する患者の健康と従業員の雇用を守るために。
M&Aに至る背景店舗の閉鎖や売上減に、コロナ禍が重なった。
外崎玄氏は大学を卒業後、青森市内で父親が営む補聴器販売会社に入社した。札幌支店を開設し、販路を拡大しようとした矢先、父親の急逝により、29歳で会社の経営を引き継ぐこととなる。代表取締役に就任してからは、補聴器に加え医療機器の販売、クリニックの開業支援など、次々と事業を展開。医師からの強い要望を受け、新たに調剤薬局事業も立ち上げた。その際設立したのが、有限会社ティー・エス・メディカルである。外崎氏は生来の人たらしで、周囲には自然と仲間が集まった。酒席では「玄さん、玄さん」と、別で訪れていた友人知人からひっきりなしに声をかけられる。また、多くの従業員が彼を慕い、中には勤続40年以上の従業員もいた。会社経営以外に青年会議所の講演活動やボランティア活動にも力を注ぐ外崎氏は、そんな従業員に対し積極的に権限委譲を行い、「自分がいなくても会社がまわる状態」をつくりあげていた。
一方で、薬剤師の確保には苦労した。大手薬局チェーンによる人材の大量採用や、調剤併設型ドラッグストアの台頭も、その背景にある。外崎氏は非薬剤師のため、薬剤師がいなければ事業を継続させることができない。人材派遣会社に依頼したり、自ら募集をかけたり、あらゆる手を尽くした。しかし、懇意にしていた医師の他界によって取引が終了するなど、最大8店舗あった調剤薬局は5店舗まで減少(1店舗復活し現在は6店舗)。新型コロナウイルス感染症の影響も大きく、業績は悪化の一途をたどる。債務超過に陥るなか、外崎氏は個人資金を会社に貸し付け延命を図っていたが、それにも限界があった。来局する患者の健康と従業員の雇用は、なんとしてでも守らなければならない。ティー・エス・メディカルを存続・再生させるために、外崎氏はM&Aでの事業譲渡を検討するようになった。M&Aに対し、最初から前向きな気持ちがあったわけではない。どちらかといえば、頻繁に届くM&A仲介会社からのダイレクトメールに対し、「馬鹿にするなよ。うちはそんなものの世話になるつもりはないからな」と憤慨していたくらいである。ただ、背に腹はかえられない。早々にM&A仲介会社2社とコンタクトをとり、条件面のすりあわせを行った。
M&Aの決断神様は乗り越えられる 試練しか与えない。
先のM&A仲介会社2社とは決算書の開示や株価の算定をすでに行っていたが、顧問税理士の計らいで第3のM&A仲介会社として紹介されたのがMABPである。担当の岡田卓也は外崎氏との初面談で、その懐の深さに感動したという。特に1995年の阪神・淡路大震災や2016年の熊本地震の際、救援活動を行うとともに、被災者を励ますため自費を投じて復興ねぶたを運行した、というエピソードには心を打たれた。高さ5.5mの大型の1台を含む計4台のねぶたは、青森から熊本まで運搬するだけで2,000万円もの経費がかかったという。もちろん岡田のミッションは、ティー・エス・メディカルにとって最適なM&Aを提案することなのだが、まず彼は一瞬にして“人間・外崎玄”のファンになった。なんとかこの人の力になりたい。青森や、外崎氏がもうひとつの拠点としている熊本で酒を酌み交わし、少しずつ関係性を築いた。そして外崎氏もまた、そんな岡田に対し信頼を寄せるようになるのだった。
岡田はいくつかある候補のうち、全国にチェーン展開している調剤薬局グループと戦略的提携をしている企業を譲受先として推すことにした。本譲受先と一緒になることで、戦略的提携先である大手の蓄積されたノウハウや人的支援を受けられることがメリットである。外崎氏の貸付金債権は放棄が前提となるが、会社の負債を含めて買い取ってもらえ、従業員の継続雇用も約束された。願ってもない条件に、外崎氏は二つ返事で譲渡を決めた。財務・税務・法務関連の手続きに関しては、外崎氏の信頼のおける部長たちが一丸となり、岡田のサポートを受けながら滞りなく遂行した。外崎氏がつくりあげた「自分がいなくても会社がまわる状態」が、ここでも奏功したわけである。そして、トップ面談から4ヶ月半後の2022年3月末、株式譲渡契約が締結された。「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という言葉を、外崎氏はいつも心に留めている。四半世紀にわたり経営してきた会社を手放し、齢70にして新たな道を歩むことになった。そのような巡りあわせも、彼にとっては必然だったのかもしれない。
M&Aの振り返りと展望再編の進む調剤薬局業界で 生き残っていくには…?
少子高齢化が加速するこれからの日本において、調剤薬局業界はコスト削減が積極的に行われる業界であり、今後も法改正によって調剤報酬が減額される可能性は高いといえるだろう。そんななか、事業規模を拡大できる体制を構築し、報酬が減額傾向にあっても収益を確保することが重要となる。加えて少子高齢化は、特に地方において薬剤師の不足や人件費の高騰といった状況を生み出し、事業規模拡大における人材確保をさらに難しくしている。そのため、今回のティー・エス・メディカルのような中小規模の調剤薬局は、経営者の高齢化や後継者不足も相まって、買収の対象となりやすかった。もともと調剤薬局のM&A事例は多かったが、近年はそれに拍車がかかり、業界の再編が進んでいる。これまで「いかに病院の近くに店舗を置き、いかにたくさんの処方箋を応需するか」が命題だった調剤薬局は、サービスの多様性や質向上を求められることになる。さて、経営の一線を退いた外崎氏だが、今後は顧問として新生ティー・エス・メディカルと関わっていく。従業員のメンタルヘルスケアや出店計画などに、精力的に取り組む予定だ。また、ライフワークとして一般社団法人おたすけの会を設立(一般社団法人復興ねぶた協議会からの名称変更)し、全国各地の同志とともに、困っている人を助けるための活動を引き続き行う。M&Aで会社を手放したといってもの、人生の幕を閉じたわけではない。外崎氏の心の火は、まだまだ消えていない。「ラッセラー、ラッセラー」のかけ声を響かせながら、自らが切り拓いた道を勇ましく練り歩いていく。
お客様プロフィール
有限会社ティー・エス・メディカル
代表取締役外崎 玄 氏
1975年、父親が創業した東北補聴器株式会社に入社。1982年、同社代表取締役就任。1996年、有限会社ティー・エス・メディカルを設立。青森県内で3店舗、秋田県内で3店舗、計6店舗の調剤薬局を運営。患者とのコミュニケーションを大切に、調剤や服薬指導を行う。資本金300万円。従業員32名。青森県青森市栄町2-4-6
人生のストーリーや物事の背景を理解し、本音で向き合える関係でありたい。
M&Aストーリー
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