地域に根を張る――大手役員からの転身と「深川くらし」で描く真の地域密着

地域に根を張る――大手役員からの転身と「深川くらし」で描く真の地域密着

株式会社トラストリー
代表取締役
柴田 光治氏

順風満帆なキャリアを捨て、51歳で起業し「自らリスクを取る」道を選んだ理由

まずは、柴田さんのこれまでの歩みについてお聞かせください。

元々は池袋の出身で、建築や土木を学んだ後、最初はゼネコンに入社しました。当時はバブル全盛期で、若かったこともあり「もっと大きな舞台でお金を手にしたい」という勢いに押されるようにして、2年ほどで不動産の世界へ飛び込みました。その後、大手不動産会社のスターツ(スターツコーポレーション株式会社)で20年ほど勤め、売買部門の責任者として役員も務めさせていただきました。リフォーム不動産として株式会社トラストリー(以下、トラストリー)を立ち上げたのは、51歳の時でした。


誰もが羨むようなキャリアを歩まれていた中で、なぜ51歳というタイミングで独立を決意されたのでしょうか。

正直に言えば、サラリーマンとしてそのまま組織に残っていれば、グループ会社の社長という椅子も現実的な選択肢として見えていた時期でした。しかし、40歳を過ぎた頃から「自分は本当にリスクを取っているのか?」という悶々とする思いが消えなくなったんです。会社に守られるのではなく、自分自身の名前と責任で、オーナーとして勝負しなければ本当の経営者にはなれないのではないか、と。

そこで40歳の時に「45歳までに、出るか残るか決めよう」と心に決めました。最終的には自分の中で「51対49」という僅差の決断で、誰にも相談せずに独立を決めました。
私は「マグロのように動いていないと死んじゃう」性分なんでしょうね。これからの人生に向けて自ら大きな変化を作り出す道を選んだのです。

「地域密着」への熱意と、見極めた街が持つポテンシャル

「地域密着」への熱意と、見極めた街が持つポテンシャル
独立にあたり、一つの地域に根を張ることに決めたのはどうしてですか?

スターツ時代に20回の異動を経験して、組織が掲げる「地域密着」の限界を感じていたからです。当時は拡大期でもあり、一つの店舗で5年も経てば、スタッフが全員変わっていることも珍しくありません。たとえお店単位で地域密着を謳っていても、それでは、せっかく私を信頼してくださったお客様との関係が、転勤によって途切れてしまいます。

自分を信頼してくれた方々に対し、「私はずっとここにいます」という安心感を提供し続けること。それこそが本当の地域密着であり、独立したからこそ成し遂げられることだと考えました。だからこそ、自分でやるなら一生転勤のない場所で、地域に土着することに決めたんです。


拠点を「深川(東京都江東区)」に定められた理由は何だったのでしょうか。

単身赴任で1年ほど門前仲町のオフィスに勤めていたことがあるんですよ。その夏、永代通り沿いのビルから富岡八幡宮の本祭りを見た瞬間、血が騒ぎましたね。威勢のいい掛け声と熱気に一気に引き込まれたんです。

同時に、ビジネスの面でもこの街の可能性を強く感じていました。東京の東側、とくに湾岸に近いこのエリアは、今後さらに開発が進む。都心へのアクセスも良く、職住近接を求める人にとって魅力的な場所になる――そう確信していました。

それからは自分の足で町を歩いて、今の事務所があるこの場所に出会ったんですよ。
清澄白河の駅に降り立ち、自分の足で探し回りました。たまたま半分シャッターが閉まっていた場所を、隣の床屋さんに大家さんを尋ねて直接交渉し、一週間後には決まりました。


柴田さんの直観力と行動力あって、2016年の開業に至ったのですね。今や深川と言えば、清澄白河など、「おしゃれな街」という印象が強いです。

実は事務所の場所を決めた年に、ブルーボトルコーヒーの日本1号店がすぐ近くにできたんです。そこから街が「コーヒーとアートの街」として爆発的におしゃれなエリアへと変貌していったのは、私も幸運な縁だったと感じています。

その背景には、深川がかつて「木材の町」として栄えた歴史が関係あるんです。エリア内に「木場」という地名が残っているように、ここは江戸時代から良質な木材が集まる拠点でした。深川に点在する橋の上から川を眺めると空が大きく開け、のびやかな景色が広がります。これは、山から切り出した木材を水に浮かべて運ぶために、運河が張り巡らされた名残です。

当時、材木を保管していた倉庫は、長い木材を立てて置けるよう、天井が高く造られていました。材木業が衰退した後も、その「天井の高い大きな空間」は残りました。その空間をリノベーションして生まれ変わらせたのが、ブルーボトルコーヒーの日本1号店です。


そのような歴史的背景があったとは驚きました。トラストリーがリフォーム不動産として根ざしたこととも関係があるのでしょうか?

そうですね。深川には「古いものを活かして新しい価値を生む」という土壌が元々あったのだと思います。時代的にも、空き家の増加やライフスタイルの多様化などの観点から、このリノベーションという潮流は確実に来ると感じていました。そこで、建築と不動産を融合させたワンストップのビジネスを構築したのです。

ポータルサイト依存からの脱却――地域メディア「深川くらし」変える顧客接点

ポータルサイト依存からの脱却――地域メディア「深川くらし」変える顧客接点
トラストリーの取り組みで特徴的なのが情報発信ですよね。特に自社メディア「深川くらし」を立ち上げられた背景を教えてください。

お客様との信頼関係を構築したかったからです。創業当初は大手が運営するポータルサイトも活用していました。家探しをする多く方が必ず利用すると言っていいほど親しまれているサービスです。しかし多額の広告費を投じても、お客様が見ているのは「物件」だけであり、ニーズが合わなければそこで関係が切れてしまう。それでは、信頼をベースにした地域密着は実現できません。
そこで、思い切ってポータルサイトを辞め、深川エリアに特化したWebメディア「深川くらし」を立ち上げました。このメディアの最大の特徴は、あえて「不動産の色を消している」点にあります。


不動産業界の常識に縛られない、思い切った決断をされたのですね。具体的に、どのような情報を発信されているのでしょうか。

「街での暮らし」をテーマに、地域の魅力を地道に発信しています。魅力的な飲食店やとっておきの風景などを、「実際に住んでみたらどんな毎日が待っているのか」を伝えるようにしています。スタッフみんなで情報を集めていますが、例えば、私は深川エリアにある100箇所以上の公園をすべて自転車で回り、写真とデータを集めました。


100箇所以上!たしかに実際にその公園に行くまでは、具体的な情報を得る機会は少ないですね。

はい。公園のベンチの有無、トイレの清潔さ、遊具の種類など、子育て世代が本当に知りたい情報は、大手サイトには載っていません。そうした地元の細かな情報を可視化し、InstagramなどのSNSと連携させることで、少しずつ「ここは普通の不動産屋とは違う」という認知が広がっていきました。
今では、街のショップから取材依頼が来たり、大手企業からメディア協力の打診が来るようにもなっています。物件探しという「点」の付き合いではなく、この街での暮らしを支える「線」の付き合いができるファンを増やすこと。それが「深川くらし」というメディアの本質です。


他にはどのような工夫をされていますか?

「深川くらし」では、物件情報を載せる際に必ず「ウィークポイント(気になるポイント)」を併記します。管理状態の懸念や修繕積立金の不足など、他社が隠したがるマイナスの情報も開示します。


マイナス情報を出すことに不安はありませんでしたか?

むしろ、それがお客様の資産を守ることに繋がると確信しています。私は不動産を主体とした発想でリノベーションを提案しますが、資産価値において最も大事なのは「箱」そのものの評価です。過度な自己満足のリノベーションではなく、将来の売却時までを見据えたリセールバリューを重視した提案をする。この誠実なプロとしての姿勢こそが、結果として長期的な信頼関係を築く鍵になっています。

深川をモデルケースに。街づくりのデザインと「豊かな暮らし」の再定義

深川をモデルケースに。街づくりのデザインと「豊かな暮らし」の再定義
今後の事業展望として、どのようなビジョンを描かれているか教えてください。

今後は、私たちが培ってきた「不動産・建築・メディア」という3つの軸に、さらに「デザイン」の力を掛け合わせていきたいと考えています。具体的には、地域の商店の内装・外装デザインから、SNSを活用したブランディング、ショップカードの制作までを一貫してサポートし、街全体の価値を底上げする地域貢献の形を目指しています。実際に、その発信力を評価され、現在では大手企業や行政からも協力の打診をいただけるようになりました。

また、この深川での取り組みを一つの成功事例(モデルケース)として確立させたいという想いもあります。全国の「街の不動産屋さん」が、その地域独自のメディアを持ち、住民の暮らしをデザインするようになれば、社会はもっと面白くなるはずです。私たちの手法を一つの手本として、他の地域でも「〇〇くらし」といった展開をサポートできれば楽しいですね。

その一環として、同じ名前の縁で結ばれた北海道深川市との交流も深めています。過疎化という課題に直面する北海道の深川と、都市化が進む東京の深川を繋ぐことで、場所にとらわれない「豊かな暮らしとは何か」という問いに対する新しい答えを、共に模索していきたいと考えています。


最後に、今後の「トラストリー」が目指す姿についてお聞かせください。

私たちは単なる「仲介屋」ではなく、地域住民の皆様にとっての「暮らしの相談相手」でありたいと願っています。不動産屋という場所は、どうしても「入ったら最後、強引に営業されるのではないか」という高いハードルを感じられがちです。私はそこを根本から変えたい。お引き渡しが終わった後も、近所の方がお茶を飲みに来るような感覚で、困りごとがあれば真っ先に頼っていただける場所でありたいのです。

社名の「トラストリー」には、お客様との「信頼(TRUST)」を土台に、一人ひとりの人生という「物語(STORY)」を共につくっていくという想いを込めています。不動産業の枠を超えた「顔の見える暮らしのパートナー」として、深川で暮らす方々が歩む物語に末長く寄り添い続けていきたいです。

COMPANY INFO会社情報

企業名
株式会社トラストリー
代表者
柴田 光治
所在地
〒135-0033 東京都江東区深川2-29-5 高橋ビル1F
設立
2016年12月5日
事業内容
・不動産売買(仲介、買取、販売)・リノベーション、不動産コンサルティング・メディアの運営、イベントの企画運営
ホームページ
https://f-kurashi.tokyo/