歴史ある薬局を未来につなぐ。地域で患者さんに寄り添う若き六代目
株式会社 石川薬局
代表取締役 石川 耕大氏
工業高校から薬学部へ。老舗の薬局を受け継ぐ原点
まずは、代表取締役・石川さまのご経歴を教えていただけますか。
出身は新潟県の柏崎です。実家が薬局だったのですが、当時は自分が継ぐなんて、全く考えていませんでした。高校も地元の工業高校に進み、別の道に進むつもりでいました。
ところが、高校3年の時に祖母から突然「薬局を継いでほしい」と言われたんです。本当に驚きましたね。工業高校から薬学部を目指す人なんてまずいなくて、私ひとりだけ。ライバル不在という状況で、うまく指定校推薦の枠に入り、無事に面接まで進めました。
その面接の最中に、祖父が危篤だと知らされていたんです。面接を終えて急いで病院に向かったのですが、到着後、まるで私を待っていたかのように息を引き取りました。「薬剤師になって薬局を継ごう」と決心が固まったのは、まさにあの瞬間でしたね。
ところが、高校3年の時に祖母から突然「薬局を継いでほしい」と言われたんです。本当に驚きましたね。工業高校から薬学部を目指す人なんてまずいなくて、私ひとりだけ。ライバル不在という状況で、うまく指定校推薦の枠に入り、無事に面接まで進めました。
その面接の最中に、祖父が危篤だと知らされていたんです。面接を終えて急いで病院に向かったのですが、到着後、まるで私を待っていたかのように息を引き取りました。「薬剤師になって薬局を継ごう」と決心が固まったのは、まさにあの瞬間でしたね。
そのタイミングでは、もう運命だと思うほかありませんね。
本当にそう思います。無事に北陸大学の薬学部に進学しましたが、そこからが本番で、かなり苦労しました。周りは普通科出身の学生ばかりで、工業高校出身の私とは基礎学力の差が大きく、2年次まではついていくのに必死でした。3年次からようやく薬学の専門科目に入り、やりたい勉強に近づいた実感が出てきましたね。
卒業後は、本来であれば他の薬局で経験を積んでから戻るのが一般的です。ところが、実家の薬局で薬剤師が一人退職するタイミングと重なりまして。迷っている余裕もなく、必要とされているならすぐ戻ろうと思い、私は新卒で実家の薬局に入りました。
卒業後は、本来であれば他の薬局で経験を積んでから戻るのが一般的です。ところが、実家の薬局で薬剤師が一人退職するタイミングと重なりまして。迷っている余裕もなく、必要とされているならすぐ戻ろうと思い、私は新卒で実家の薬局に入りました。
そうした経緯を経て継がれた、石川薬局の事業内容について教えていただけますか。
明治時代から続く老舗の薬局で、2027年には創業150周年を迎えます。私は六代目です。現在は門前の調剤薬局として地域の処方箋に対応しつつ、在宅調剤にも力を入れています。
かつては、地元のショッピングモールにドラッグストアを3個所ほど出店していましたが、大手チェーンの進出によって競争が厳しくなり、現在では1店舗に集約しています。
かつては、地元のショッピングモールにドラッグストアを3個所ほど出店していましたが、大手チェーンの進出によって競争が厳しくなり、現在では1店舗に集約しています。
会社を運営する上で、どんなことを大切にしていらっしゃいますか。
私が一番大切にしてきたのは、従業員のみんなです。長く支えてくれている方ばかりで、何とかここまで続けてこられたのは、本当にその存在があったからです。この間亡くなってしまいましたが、一番長い方で50年ほど勤めてくれました。もはや家族のような存在でしたね。
お世話になっている病院の先生方との関係も大切で、日々の連携がなければ地域の薬局としての役割は果たせません。もちろん、母も大切にしていた「患者さんとの対話」も大事ですね。
お世話になっている病院の先生方との関係も大切で、日々の連携がなければ地域の薬局としての役割は果たせません。もちろん、母も大切にしていた「患者さんとの対話」も大事ですね。
患者さんが泣き崩れた日。亡き母から学んだ信頼関係
会社を引き継いでから今日までの間で、印象に残っている出来事はありますか。
私が33歳の時、祖父の後を継いでいた母が急に亡くなりました。まさかこんなに早く自分の番が来るとは夢にも思っておらず、本当に不安でしたが、やるしかないという思いで継ぎましたね。
母は本当に患者さんとの対話を大切にしていました。私にとっては、仕事にあれこれ口を出してくる存在でもあったので、正直うっとうしいと思うこともありました。けれど、母が亡くなった後、薬剤師としての母の姿勢を感じさせる出来事があったんです。
ある日、常連の患者さんが薬局に来られました。「いつもの薬剤師さんは」と聞かれ、母が亡くなったことを伝えると、その方は私の目の前で泣き崩れてしまったんです。
友人でもなく、プライベートで深く関わっていたわけでもないのに、そこまで思っていただいていたことに驚きましたね。それと同時に、母が患者さんとどう接してきたのかを改めて知り、薬局という場所が人との関わりで成り立っていることを強く実感しました。
母は本当に患者さんとの対話を大切にしていました。私にとっては、仕事にあれこれ口を出してくる存在でもあったので、正直うっとうしいと思うこともありました。けれど、母が亡くなった後、薬剤師としての母の姿勢を感じさせる出来事があったんです。
ある日、常連の患者さんが薬局に来られました。「いつもの薬剤師さんは」と聞かれ、母が亡くなったことを伝えると、その方は私の目の前で泣き崩れてしまったんです。
友人でもなく、プライベートで深く関わっていたわけでもないのに、そこまで思っていただいていたことに驚きましたね。それと同時に、母が患者さんとどう接してきたのかを改めて知り、薬局という場所が人との関わりで成り立っていることを強く実感しました。
それは本当にすごいエピソードですね。
単に処方箋を受け取って薬を渡すだけの関係では、あんなふうにはならない。やはり一人ひとりと向き合って、きちんと話をして、信頼関係を積み重ねてきた結果なんだと感じました。
忙しいと目の前の対応に追われて、大切なことを見失ってしまいがちです。でも地域の薬局として、そこは絶対に守らなければいけない部分だと思うんです。母が大切にしてきた姿勢でもありますし、私自身もこれから先ずっと大事にしていきたいですね。
忙しいと目の前の対応に追われて、大切なことを見失ってしまいがちです。でも地域の薬局として、そこは絶対に守らなければいけない部分だと思うんです。母が大切にしてきた姿勢でもありますし、私自身もこれから先ずっと大事にしていきたいですね。
薬局運営の難しさに向き合い、次の時代を切り開く
明治10年創業の石川薬局さんですが、ここまで続いてきた理由はどこにあると思いますか。
薬局という業態は本当に特殊で、調剤薬局は近くに病院がなければ成り立ちません。事業を広げようとしても、ドクターがいなければ広げようがない。そこが他業種とは大きく違う点です。
そんな中で当社が続いてこられたのは、地域で長くやってきたことで一定の知名度があり、周囲の先生方に支えていただいてきたからです。医薬分業が一気に進み、薬局の開業が増えた時期でも「石川さんのところに任せよう」という紹介があったと聞いています。母がその流れをしっかり守り、私も受け継ぎました。
ただ、当時開業された先生方も、もう70歳を超えています。
結局のところ、薬局が続くかどうかは隣の医院の承継次第なんですよ。これが、調剤薬局の経営が難しいと言われる理由です。どうしても隣の医院に依存する形になってしまい、続けたくても先生から「もう辞めます」と言われれば、こちらも一緒に畳まざるを得ない。
このように、自分たちだけの努力では解決できない部分がどうしてもある業態ですが、このまま手をこまねいていても未来はありません。私自身、次の時代に向けて「何かしら動かないといけない」という危機感と使命感を持っています。
そんな中で当社が続いてこられたのは、地域で長くやってきたことで一定の知名度があり、周囲の先生方に支えていただいてきたからです。医薬分業が一気に進み、薬局の開業が増えた時期でも「石川さんのところに任せよう」という紹介があったと聞いています。母がその流れをしっかり守り、私も受け継ぎました。
ただ、当時開業された先生方も、もう70歳を超えています。
結局のところ、薬局が続くかどうかは隣の医院の承継次第なんですよ。これが、調剤薬局の経営が難しいと言われる理由です。どうしても隣の医院に依存する形になってしまい、続けたくても先生から「もう辞めます」と言われれば、こちらも一緒に畳まざるを得ない。
このように、自分たちだけの努力では解決できない部分がどうしてもある業態ですが、このまま手をこまねいていても未来はありません。私自身、次の時代に向けて「何かしら動かないといけない」という危機感と使命感を持っています。
これから具体的に、どのように変えていこうとお考えですか。
本当に難しい問題です。まずは私たちで、次の代の先生を探すお手伝いをしないといけません。待っていても状況は変わらないので、こちらから声をかけて動いていく必要がある。
それと同時に進めているのが、医院に頼らなくても成り立つ薬局づくりです。これが今の私の大きな目標でもあります。具体的には、介護施設を立ち上げて、そこに入居される方を中心に在宅調剤を提供する形を考えています。門前のように医院に依存する必要がなくなるので、薬局としての安定性も高まりますし、地域に必要とされる役割も広がります。
まずはその仕組みをしっかり作ること。それが、次の時代に向けての一歩だと考えています。
それと同時に進めているのが、医院に頼らなくても成り立つ薬局づくりです。これが今の私の大きな目標でもあります。具体的には、介護施設を立ち上げて、そこに入居される方を中心に在宅調剤を提供する形を考えています。門前のように医院に依存する必要がなくなるので、薬局としての安定性も高まりますし、地域に必要とされる役割も広がります。
まずはその仕組みをしっかり作ること。それが、次の時代に向けての一歩だと考えています。
突然の継承から始まった、従業員を守る職場づくり
日々の業務を続けながら新しい取り組みも進めるのは、本当に大変だと思います。あらためて伺いますが、引き継いでから経営にはどのように向き合ってこられましたか。
引き継いでまだ3年目です。経営経験がない状態のまま、いきなり30人規模の歴史ある会社を任されました。心の準備ができているはずもなく、右も左もわからない中で、それでも従業員のみんなを守らなければいけない。その責任だけは、最初から強く感じていました。
とにかく一番に考えたのは、従業員にきちんと給料を払うことです。遅配は絶対にしてはいけない。それだけは常に気を配っていました。一方で幸いだったのは、隣の医院が患者さんの多いしっかりした医院だったので、急に大きく傾く心配が少なかったことです。
調剤薬局としての安定感は、こうした地域の医院との関係に支えられていると感じています。
とにかく一番に考えたのは、従業員にきちんと給料を払うことです。遅配は絶対にしてはいけない。それだけは常に気を配っていました。一方で幸いだったのは、隣の医院が患者さんの多いしっかりした医院だったので、急に大きく傾く心配が少なかったことです。
調剤薬局としての安定感は、こうした地域の医院との関係に支えられていると感じています。
子どもの頃から知る相手が経営者になる方が、従業員の方々にとっても、突然やって来た人に指示されるより受け入れやすかったのではないでしょうか。
どうでしょうかね。みんなの感想を直接聞いたわけではないので断言はできませんが、不安はあったと思います。33歳の若造がいきなり社長になるわけですから、大丈夫なのかと感じた人もいたはずです。私自身も不安だらけでした。
それでも、従業員のみんなに心配をかけるわけにはいかないと思っていました。安心して働いてもらうことが何より大事だと感じていて、まずはそこを崩さないように心がけてきましたね。
それでも、従業員のみんなに心配をかけるわけにはいかないと思っていました。安心して働いてもらうことが何より大事だと感じていて、まずはそこを崩さないように心がけてきましたね。
そうした従業員の方々に安心してもらうために、どのように接してこられたのでしょうか。
特別に何かを変えたというより、できるだけ今までと同じ空気感で接するようにしていました。こちらが急に変わると、みんなも不安になりますからね。
むしろ、従業員の多くは私より年上なので「言いたいことを言いやすい人が経営者になった」くらいの感覚だったのかもしれません。現場から「ああしてほしい」「こうしてほしい」と遠慮なく意見が出てくるようになりました。
母が経営していた頃は、みんなそこまで言わなかったはずなんです。でも私になってからは、いろんな声が上がるようになった。それはむしろ良いことだと思っています。現場のことは従業員が一番よく知っていますし、その声を拾い上げられる環境の方が、会社としても健全ですよ。
むしろ、従業員の多くは私より年上なので「言いたいことを言いやすい人が経営者になった」くらいの感覚だったのかもしれません。現場から「ああしてほしい」「こうしてほしい」と遠慮なく意見が出てくるようになりました。
母が経営していた頃は、みんなそこまで言わなかったはずなんです。でも私になってからは、いろんな声が上がるようになった。それはむしろ良いことだと思っています。現場のことは従業員が一番よく知っていますし、その声を拾い上げられる環境の方が、会社としても健全ですよ。
具体的に、従業員の皆さんからはどんな声が上がったのでしょうか。
細かいことで言えば、備品を買い替えてほしいとか、ここを直してほしいとか、そういった声が多かったですね。今までは母に遠慮して、お金がかかるお願いは言いにくかったようです。
それらの声を受けて実際に色々と変えましたし、今も社内制度を整えているところです。昔ながらの経営が続いてきた会社って、どうしても曖昧なままになっている部分が多いんですよ。
うちも例外ではなく、就業規則も「これ何年前のだろう」という状態でした。母が独自に決めたルールも多かったりして、それらを全部整理していくのはかなり大変でしたね。
ただ、せっかく私のような若い世代が社長になったわけですし、言いたいことを言い合えるような関係性は守りたい。気になることがあれば遠慮せずに伝えてもらえて、それに対して一緒に考えて動けるような、風通しのいい会社にしたいと思っています。
それらの声を受けて実際に色々と変えましたし、今も社内制度を整えているところです。昔ながらの経営が続いてきた会社って、どうしても曖昧なままになっている部分が多いんですよ。
うちも例外ではなく、就業規則も「これ何年前のだろう」という状態でした。母が独自に決めたルールも多かったりして、それらを全部整理していくのはかなり大変でしたね。
ただ、せっかく私のような若い世代が社長になったわけですし、言いたいことを言い合えるような関係性は守りたい。気になることがあれば遠慮せずに伝えてもらえて、それに対して一緒に考えて動けるような、風通しのいい会社にしたいと思っています。
必死でつないだ現場と、支えてくれた周囲の人たち
現在の薬局運営において、課題や難しさを感じる部分はありますか。
一番の課題は、やはりドクターの確保です。ここが安定しないと、薬局としての基盤が揺らいでしまう。それに加えて、調剤報酬が改定されて年々厳しくなっている中でも、賃金は上がっていますので、そのバランスをどう取るかという点も大きなテーマですね。
また、今は薬剤師に求められる仕事量が増え続けています。DX化もありますし、対物から対人へという流れが強まっていて、現場の負荷は増える一方です。ただ、人手は足りていません。
この人手不足が、今回のM&Aを決断した理由の一つです。本当に、地方で薬剤師を確保するのは簡単ではない。ここをどう乗り越えていくかが、今後の大きな課題だと感じていますね。
また、今は薬剤師に求められる仕事量が増え続けています。DX化もありますし、対物から対人へという流れが強まっていて、現場の負荷は増える一方です。ただ、人手は足りていません。
この人手不足が、今回のM&Aを決断した理由の一つです。本当に、地方で薬剤師を確保するのは簡単ではない。ここをどう乗り越えていくかが、今後の大きな課題だと感じていますね。
薬剤師不足が続く中で、地元出身の方を確保するには、やはりUターンが中心になるのでしょうか。
Uターンで戻ってくる人は本当に少ないんです。その数少ない人材を地元の薬局同士で取り合う状況になっていて、確保がかなり難しい。薬局自体の数も多いので、どうしても競争になります。
従業員も、私の代になってからだいぶ入れ替わりました。薬剤師に関しては、もう半分以上が新しいメンバーです。家庭の事情だったり、パートナーの転勤だったり、理由はさまざまですね。本当に不可抗力で、辞める人が出るから採用に動かざるを得ないという状況でした。
現在勤務する薬剤師は30代が多く、これから長く働ける世代です。彼らにとって、地元での最終的な落ち着き先が石川薬局であってほしい。そのためにも、長く安心して働ける環境を整えることが、私の役目だと思っていますね。
従業員も、私の代になってからだいぶ入れ替わりました。薬剤師に関しては、もう半分以上が新しいメンバーです。家庭の事情だったり、パートナーの転勤だったり、理由はさまざまですね。本当に不可抗力で、辞める人が出るから採用に動かざるを得ないという状況でした。
現在勤務する薬剤師は30代が多く、これから長く働ける世代です。彼らにとって、地元での最終的な落ち着き先が石川薬局であってほしい。そのためにも、長く安心して働ける環境を整えることが、私の役目だと思っていますね。
長く働いてほしいという思いが、こちらにも強く伝わってきます。
そうですね。うちは地域に根ざして続いてきた薬局ですし、これからもそうでありたいと思っています。だからこそ、その地域に腰を据えて、家を建てて、生活の基盤を置こうとしている人に入ってきてもらいたいんです。
ただ、最近は薬剤師の転職が本当に多い。転職するたびに給与が上がるという流れもあって、動きが活発になっています。そんな中で、うちのような地方の小さな薬局が人材を確保し続けるのは簡単ではありません。
実際に従業員から「2ヶ月後に辞めます」と言われたこともあります。でもその短期間で新しい人を呼ぶのは現実的に難しい。大手であれば県外から人を呼べますが、うちでは無理です。ギリギリの人数で回しているので、抜けた後のカバーが本当に大変でしたね。
ただ、最近は薬剤師の転職が本当に多い。転職するたびに給与が上がるという流れもあって、動きが活発になっています。そんな中で、うちのような地方の小さな薬局が人材を確保し続けるのは簡単ではありません。
実際に従業員から「2ヶ月後に辞めます」と言われたこともあります。でもその短期間で新しい人を呼ぶのは現実的に難しい。大手であれば県外から人を呼べますが、うちでは無理です。ギリギリの人数で回しているので、抜けた後のカバーが本当に大変でしたね。
人手が足りない時には、これまでどんな対応をしてこられたのでしょうか。
私が薬局を引き継いだタイミングで、店舗をまとめてくれていた薬剤師が一人辞めることになりました。そこへ母の急逝が重なり、結果として一気に二人の薬剤師を失ったんです。もう業務が回らなくなって、本当に困りました。
その時は、とにかく知り合いに片っ端から声をかけました。今回MABPさんの仲介で譲り受けることになった、中央町薬局の重田先生にもヘルプに入ってもらったことがあります。あの時は本当に助かりました。
とはいえ、薬局を閉めるという選択肢だけはありませんでした。閉めてしまったら患者さんに迷惑をかけてしまう。それだけは絶対に避けたかったので、何とかつないでいこうと必死でした。
その時は、とにかく知り合いに片っ端から声をかけました。今回MABPさんの仲介で譲り受けることになった、中央町薬局の重田先生にもヘルプに入ってもらったことがあります。あの時は本当に助かりました。
とはいえ、薬局を閉めるという選択肢だけはありませんでした。閉めてしまったら患者さんに迷惑をかけてしまう。それだけは絶対に避けたかったので、何とかつないでいこうと必死でした。
「まずここに来よう」と言われる薬局を目指して
声をかければすぐにお手伝いに来てくださるのは、これまで築いてきた信頼があってこそだと思います。今後の目標もお聞きしていいでしょうか。
当面の目標は、先ほどお話しした在宅専門の薬局の立ち上げです。会社としてトータルケアができるような形にしていきたいと思っています。
実は1年半ほど前から動き始めていて、まずは来年、1か所目の施設ができます。そこをしっかり軌道に乗せられれば、将来的には3か所ほど展開したい。これによって、在宅だけで成り立つ薬局として確立できるはずです。
また忙しくなるかもしれませんが、地域に必要とされる形をつくっていけると思っています。
実は1年半ほど前から動き始めていて、まずは来年、1か所目の施設ができます。そこをしっかり軌道に乗せられれば、将来的には3か所ほど展開したい。これによって、在宅だけで成り立つ薬局として確立できるはずです。
また忙しくなるかもしれませんが、地域に必要とされる形をつくっていけると思っています。
少しプライベートについても伺いたいのですが、お忙しい中で、休みの日はどのように過ごされていますか。
たまの休日には、飼っているハスキーとよく遊んでいます。犬が好きなんですよ。あと、天気がいい日はバイクでツーリングに出かけることもあります。風を感じながら走ることで、気持ちをリフレッシュできますね。
最後に、これからの石川薬局のビジョンをお聞かせください。
先ほどお話ししたように、患者さん一人ひとりとの対話を大事にして、信頼関係を丁寧に積み重ねていく。ただ薬を渡す場所ではなく、体調が悪い時や不安な時に「まずここに来よう」と思ってもらえる。そんな薬局であり続けたいですね。
今もご高齢の方が「何か困った時には石川薬局さんに来る」と言ってくださる。すごくありがたい言葉ですし、私たちの支えにもなっています。今の30~40代の方々が将来高齢になった時にも、同じように言ってもらえる薬局にしたいですね。
特別なことをしなくても、今の姿勢を変えずに続けていれば、きっとそんな理想の薬局になれると信じています。
今はインターネット全盛の時代で、相談もネットでできるし、薬もネットで買える時代です。それでもわざわざ足を運んで来てくださる方がいる。その人たちを大切にしたいし、そういう方がもっと増えていくような薬局にしていきたいと思っています。
今もご高齢の方が「何か困った時には石川薬局さんに来る」と言ってくださる。すごくありがたい言葉ですし、私たちの支えにもなっています。今の30~40代の方々が将来高齢になった時にも、同じように言ってもらえる薬局にしたいですね。
特別なことをしなくても、今の姿勢を変えずに続けていれば、きっとそんな理想の薬局になれると信じています。
今はインターネット全盛の時代で、相談もネットでできるし、薬もネットで買える時代です。それでもわざわざ足を運んで来てくださる方がいる。その人たちを大切にしたいし、そういう方がもっと増えていくような薬局にしていきたいと思っています。
本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
COMPANY INFO会社情報
- 企業名
- 株式会社 石川薬局
- 代表者
- 石川 耕大
- 所在地
- 新潟県柏崎市東本町2丁目7番37号
- 設立
- 明治10年(令和4年現在、創業145年)
- 事業内容
- 薬局運営
- ホームページ
- https://ishikawa-kusuri.com/