経営者インタビュー

「誰もが自分らしく生きられる世の中へ」

まんまる薬局(株式会社 hitotofrom)

代表取締役社長

松岡光洋

プロサッカー選手から飲食店を経て薬局業界に

— 起業まで紆余曲折あったと伺いました。これまでのご経歴を教えていただけますか。

自分で振り返ってみても、ここまで波乱万丈でしたね。

生まれは鹿児島県で、福岡の大学を経てサガン鳥栖(サッカーJ1リーグ)に選手として入団しました。
ところが、怪我がきっかけとなって3ヶ月ほどで契約を解除されてしまったんです。
小学校のころからサッカーに打ち込み、念願かなってプロ選手になった矢先の出来事だったので、これからどうやって生きていこうかと途方に暮れました。

— この時点でも、十分に波乱万丈ですね。その後、どういう経緯で薬局業界にたどり着かれたのでしょうか。

業界入りのきっかけは、たまたまだったんです。

失意のどん底から何とか立ち直った私は、深夜帯に営業する飲食店で働き始めました。
そこで、よく来店してくださっていた調剤薬局チェーンの社長さんと知り合ったんです。
その社長に誘われるかたちで、薬局業界に入りました。

薬局事務として8年ほど勤めさせてもらった後、そこで学んだことをベースに起業を決意します。
それが、個人宅に特化したおうち訪問調剤サービス事業「まんまる薬局」なんです。

絶対に成り立たないと言われたおうち訪問調剤サービス

— 業界入りして8年で起業ですか!業界の中で、訪問調剤に可能性を感じたのでしょうか。

それが、個人宅の訪問調剤に特化するのは、前職の社長から「無理だ」と言われていました。
まんまる薬局の立ち上げた今でも、当時の考えは甘かったなと思います。

— 個人調剤とは本当に難しいビジネスなんですね。調剤薬局チェーンの社長さんからは、どうやって誘われたんですか?

飲食店で働いていた頃は、とにかくお客様やスタッフに対する気配りに強いこだわりを持っていたんですよ。
その姿勢が調剤薬局チェーンの社長に気に入られ、来店時には必ず呼ばれるようになって。
しばらくしてから「昼の仕事をしてみないか?」と、その社長の会社に誘われたんです。
休日には食事にも誘われるほど親しくなっていたんですが、この時に初めて、相手が調剤薬局チェーンの経営者だということを知りました。

— 本当に偶然の業界入りだったんですね。訪問調剤とどうつながっていくのか、気になります。

入社後は1ヶ月ほど研修してから、新規出店した埼玉の薬局に配属され、事務を3年ほど経験します。
健康保険証の種類すら分からないほどの素人だったので、外来の受付から電話対応、処方箋のPC入力、調剤報酬の請求、会計など、慣れない仕事を無我夢中で取り組みました。

その後、東京都内に転勤するんですが、そこは外来調剤の対応に加えて、施設や個人在宅への訪問調剤をハイブリッドで担っている薬局だったんです。
5年ほど勤めましたが、これが転機となりました。

——ここで、訪問調剤に出会うんですね。転機となった出来事を教えてください。

薬剤師は女性の方が多い職種です。
当時、訪問調剤は車の運転から受け渡しまで1人で行っていました。
ある日、個人在宅に訪問していた女性の薬剤師が大泣きして帰ってきたんです。
どうも患者さんの息子さんに、遅参をひどく責められたようで。
話を聞く中で女性1人での訪問はリスクがあるなと感じましたが、同時にこれがキッカケで、訪問調剤がどんなものか知りたくなりました。
社長に女性薬剤師との訪問同行を何とか認めてもらい、その患者さんのご自宅に薬剤師と一緒に向かいました。すると、息子さんの態度が女性薬剤師一人で伺った時と全く違ったみたいなんです。
男性がいると強気に出られないなど、2人で伺うことで相手の視点も変わってくるんですね。
訪問同行を重ねるにつれて、いろいろなことが見えてきました。

— なるほど、同じ調剤業務でも、外来と訪問ではノウハウなどが全く違うんですね。

そうなんですよ。
また、薬局内では仕事に追われ薬剤師とのコミュニケーションは難しい部分もあったんですが、訪問調剤では移動中の車内でさまざまな雑談ができるようにもなりました。
そこで、訪問調剤の方にやりがいを感じる薬剤師が多いことを知ったんです。
訪問調剤は1人の患者さんのために時間をじっくり使えて、患者さんと時間軸で関わることで本来の薬剤師としての仕事をより深く取り組めるんですよね。
そのうち私は「外来調剤を止めて、在宅に特化できないか」と考えるようになります。

まず、社内ベンチャーとして立ち上げようと事業計画を作り、社長に2回ほどプレゼンしましたが、認められませんでした。
確かに、この個人在宅に特化した訪問事業が上手くいくという確信はなかったです。
社長にも「訪問調剤だけでは絶対に成り立たない。そもそも君は薬剤師の資格を持っていないじゃないか」と指摘されました。

— すさまじい行動力ですね。ただ、社長さんのご指摘とは裏腹に、御社の事業は上向きです。

でも、まんまる薬局を立ち上げた今なら、社長が仰っていた意味がよく分かります。
そもそも薬局は立地ビジネスの一面もあるんです。病院から患者さんがこない薬局は成り立ちません。
だけど、訪問調剤は外に通院することが難しい患者さんのためにもなるので、そちらに専念したかったんです。

そのころには私は訪問調剤のことに詳しくなり、会社では在宅推進責任者にもなっていました。
でも、在宅医療には絶対に特化しないという会社の姿勢がもどかしくて。
社長には恩義を感じていたのですが、思い切って会社を辞め、起業しました。

在宅医療の一端を担うサービスの魅力

— その時点で独立されるとは、すいぶんと思い切りましたね。

当時の考えは、本当に甘かったですね……。
ただ、やればやるほど私たちが必要とされていることに気付きました。
外出すらままならない方々にお薬を届けに行くという、このお仕事が。

従来からある外来調剤メインの薬局は、来ていただいた患者さんを対応していく、もちろん必要なサービスです。
訪問調剤は、薬局で待っていても患者さんが来ることはできないので、直接我々がご自宅に向かい一人ひとりの生活に合わせたオーダーメイドのサービスを行います。
家は一軒一軒違って向かう場所も毎回変わりますし、求められることも患者さん一人ひとりで異なります。
患者さんの生活に入っていく仕事でリスクもあるのですが、そこに価値があるとも言えます。

— なるほど。ただ、薬局といえばやはり外来をイメージしてしまいます。今後、この流れは変化していくのでしょうか。

薬局業界は一般の企業とは少し違い、社会保障制度の枠組みで成り立っている特殊なビジネスです。
薬剤師は国家資格ですし、集客自体も病院がしていることが構造としての流れです。
つまり、病院の目の前に出店することが薬局ビジネスの根幹でもあるとも言えるんです。
医薬分業の中で増加の一途をたどった薬局は、コンビニより数が多くなっています。
私はこの形態が今後、変化していくのではないかと考えているんです。

例えば、車の保有台数は増えていますが、ガソリンスタンドは20年前と比べて半減しています。
ガソリンスタンドの価値はガソリンそのものにあることに、消費者が気付いてしまったからです。
実際、規制が緩和されると、セルフ機器に設備投資できる大資本だけが生き残りました。
仮に薬局も「患者さんは薬をもらえればそれでいいんだ」と考えが変化してしまったら、数が頭打ちになった外来の薬局でもガソリンスタンドと同様の動きが広がり、今後は淘汰が始まるのではないかと推測できると思います。

— その一方で、訪問調剤のマーケットは拡大していくと。

そうですね。私たちは外出したくてもできない方々に目を向けたサービスです。
団塊世代が後期高齢者になるのは2年後。これから看取り難民は増えていくでしょう。
この状況に、従来の薬局では対応できません。
対応できるのは、今までの構造から脱却して困っている人たちに何ができるのかを考え、能動的な変化を拒まない薬局です。
在宅医療の一端を担い、社会インフラとして機能している私たちのサービスは、今後もなくならないと確信しています。

実際に今の薬局は、変化の波が来ても急に外来調剤を捨てることができません。
訪問調剤は移動に時間がかかる上にリスク管理もしなければならず、収益性が低いため大手のチェーンでは手を出しづらい一面もあります。
同じ場所に店舗を構え、受動的に数をさばいた方がいいに決まっています。

実際に個人在宅の売上規模は、薬局市場全体のわずか0.5%に過ぎません。
しかし私たちは、そこにチャンスと魅力が詰まっていると感じているのです。

誰もが自分らしく生きられる世の中へ

— 御社のビジョンを教えてください。

私は起業にあたって「自分らしく生きられる世の中へ」というビジョンを掲げています。
そして会社のミッションは「人から人へ想いを届ける」ことです。

私たちはサービスを通じ、患者さんの「自宅で最期まで過ごしたい」という思いに応えています。
スタッフも「困っているのを助けるのが好き」「人の役に立ちたい」という人間ばかりですので、好きなことで働けていて、社会貢献もできています。
つまり私たちは、患者さんとスタッフ双方が、自分らしく生きられる事業を営んでいるんです。

また、私たちの仕事は、ただ単に薬を届けて終わりではありません。
薬を渡す以外の部分にフォーカスを当て、外出できない人の心を癒やしていきたい。
そう願いながら、日々の仕事に取り組んでいます。

— すばらしいビジョンです。働いているメンバーも、非常にやりがいを感じているのではないでしょうか。

ありがとうございます。
共に働くメンバーには、仕事を通じて患者さんの人生観を学んで欲しいとも願っています。
自宅で最期まで過ごす道を選択した、自分の「好き」を貫いている方々の話を聞ける職場は、あまりありません。
メンバーには、違う視点で異業種や異世代に目を向け、患者さんとのコミュニケーションによって自身の成長を感じてもらえたら嬉しいですね。

起業した時、同じ思いを持った薬剤師がついてきてくれました。
彼ら、彼女らとは日頃からコミュニケーションしていて、在宅だけやりたいという私の思いを伝えていたんです。
在宅への特化を希望していたものの、リスクを承知でこちらに移ってきてくれたのは、全員と信頼関係を築けていたからだと思っています。
ゼロからのスタートだったので、いやもう、本当にありがたかったですね。

貞観政要から学んだ、リーダーに必要な「思いやり」

— スタッフからの厚い信頼、企業ビジョン、業界の市場分析など、すばらしいお話ばかりです。松岡社長は、どんな考え方を大切になさっているのでしょうか?

私の考え方は、1冊の本が言語化してくれています。
それは、”座右の書『貞観政要』中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」”という本です。
「貞観政要(じょうがんせいよう)」という1400年前の中国の古典を、ライフネット生命を立ち上げた出口治明氏が分かりやすく解説しています。
起業してから出会ったこの本で、私は今のリーダーに必要な「思いやり」を学びました。

貞観とは中国の元号で、自分を殺そうとした人物すら側近に取り立てるなど、善政が敷かれていた時代です。
国が良くなるなら違う考え方の人も受け入れるという皇帝がいて、戦乱の歴史が続く中国において、その時代だけは平定されていました。
自分がキライで合わない人物でも意見をきちんと聞いて、味方につけていたんですね。
また、自分の器を大きくするのではなく、器の上にある自分の価値観を全て捨てて、考えが異なる人物を受け入れていたんだそうです。
この本は「思いやり」が言語化されている他、貞観政要のエッセンスが盛り込まれています。

— ご紹介いただいた書籍、本当に興味が湧いてきます。ご一読されて、それらの考え方はスッとご自身の中に入ってきたのでしょうか。

というか、今まで無我夢中でやってきたことを、出口氏の本を通じて言語化できたんですよ。
国と薬局とではスケールが全然違いますが、私が大切にしている考え方と重なりました。

思えば私も前職で、どうしたら価値観が異なる人と一緒に気持ちよく仕事ができるのか、常に考えてきました。
最初に3年ほど勤めた薬局では、2人の男性薬剤師と事務の私という3人体制で、右も左も分からない中、時には怒られながら仕事をしていました。
理系でロジカルに考える彼らは、感覚で動く私と相性が悪く、正直に言うと苦手なタイプ。
そこで、彼らへのアプローチ方法や雰囲気改善について、あらゆる方法をトライアンドエラーを繰り返しながら積み重ねていったんです。
2人とも会社では浮いた存在だったんですが、最終的には好かれるようになりました。
逆に私も彼らの考え方を理解できたので、好きになりました。

貞観政要そのものは古典なので難しいのですが、この本はとにかく読みやすくおすすめです。

休日はイベント参加やサッカー大会の運営に注力

— ここで、プライベートなこともお聞かせください。休日はどう過ごされていますか。

休日は、薬剤師のイベントに顔を出していることが多いですね。
知見を増やすべく、リモートでのイベントでも積極的に参加しています。

薬剤師は平日が忙しく、就活イベントなどは休日での開催が多いんですが、自分が好きなことを仕事にしているんで楽しく過ごせています。
彼ら彼女らとの交流は、とにかく面白いですよ。

あと「eFootball(イーフットボール、旧称ウイニングイレブン)」。サッカーのゲームですね。
これも面白くて、プライベートな時間に夢中でプレイしています。

— サッカーは、eスポーツというかたちで楽しまれているんですね。

リアルの方でも、今年から薬学生のサッカー大会「ましかくカップ」の運営を始めています。
都内のいろんな薬科大学や薬学部が参加してくれて、とても盛り上がりました。
今年12月には4回目を数えたこの大会も、ぜひ続けていきたいですね。

薬剤師のイメージを刷新したい!

— 現在、事業で苦労されていることはありますか?

実は、薬剤師のイメージを刷新したいのですが、なかなか変わらないことに苦労しています。

薬剤師というと、薬局の中で白衣を着て、空調が効いている部屋でクールに仕事をするというイメージですよね。
仕事を紹介する際に使われる写真もそんな感じですので、薬剤師になる人もそんなイメージを植え付けられているんです。
そんなバイアスがかかっている薬剤師像を、一新させたいんですよ。
そもそも、我々の職場では白衣を着る必要がありませんし。

もともとのイメージを変えていくには、いろんな人たちの協力が不可欠です。
時代が変わりつつあることを私たちがどう伝えていくか、これが今後の課題と捉えています。

— 最後になりますが、今後の展望や目標をぜひお聞かせください。

当面の目標は、訪問調剤の会社として都内ナンバー1になることです。
東京都をサッカーのフィールドに見立てて、11店舗を目標に出店したいですね。
11店舗あれば、都内にいらっしゃる在宅患者さんの10〜15%を取り込めます。

板橋区にあるまんまる薬局は、センターフォワードの位置にいます。
練馬区のあたりが左サイドハーフ、大田区のあたりがゴールキーパーのポジションとか、今いろいろとフォーメーションをイメージしているんです。
実現すれば都内全てをカバーできますし、実際に出店に向けて場所を探し始めた地域もあります。

— 松岡社長らしい、ユニークな構想ですね。スケールが大きい!話を伺っているこちらもワクワクします。

ありがとうございます。
順調であればさらに、在宅のノウハウを他の地方に提供していくという展開も考えています。
今はまだ3店舗ですが、絶対にやりますよ!

会社情報

企業名
まんまる薬局(株式会社 hitotofrom)
代表者
代表取締役社長 松岡光洋
所在地
東京都板橋区上板橋 2-40-8 フレンディー上板橋 1 階
設立
2018年2月1日
事業内容
調剤薬局:「まんまる薬局」の運営、在宅医療事業
ホームページ
https://hitofro.com/

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